2006年8月10日 (木)

実録・川曳き

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 月30日、20年に1度の民俗行事、伊勢のお木曳きに参加させていただいた。これは平成25年に行われる遷宮(新しい社殿の造営)の御用材であるヒノキをそりに乗せ、五十鈴川の川の中をジャブジャブ曳いていく伝統行事。この日は6つの団が奉曳。私たちは中之町の一員として9:00すぎ、近くのお寺に集合。子供たちの可愛い木遣り唄に続いて、女性たちの慎ましやかな伊勢音頭。見よう見まねで私たちも踊ってから、カンカン照りの中、出発地点の川原まで30分ほど歩く。

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 曾のヒノキが3本、底に鉄板を貼ったソリに載せられていた。川原で再び木遣り唄と伊勢音頭。いよいよソリがクレーンで吊り下げられ川中に。中之町のハッピに、足ごしらえはカヌーとおんなじ。このあたりはまだごく浅い。ソリには2本の綱。二手に分かれて、ブオ~というホラ貝の合図とともに曳き始める。

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 発点から最初の橋、浦田橋までは「遊びどころ」。少し曳いては、2本の綱を正面からぶつけあうようにして束ねて揺すったり、水面にバシャバシャたたきつけたりして遊ぶ。私たちの前の団はパフォーマンスが長くて、なかなか進まない。今日中に運び込めるのだろうか。待つ間に木遣り唄。堰越えは「エンヤ!エンヤ!」の掛け声で一気に曳く。新橋の手前のテントに秋篠宮殿下と紀子様そっくりの佳子様がいらっしゃるので、みなその前で張り切って遊び、水しぶきを上げるのだった。

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 橋のたもとで食事休憩。F隊長のお友達である中之町民のIさんが美味しく冷えたランチを用意してくださった。朝食もお心尽くしのお手料理をごちそうになった。何から何までありがとうございました。昼食後、おかげ横丁をぶらり。炎天下、「氷赤福」(宇治金時)が飛ぶように売れていた。

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 曳き再開。水位は腰のあたりまでになり、子供は綱にぶら下がったりしている。采(采配はここからきてるらしい)が振られ、エンヤ、エンヤと最後の長い堰をのぼると、宇治橋。この手前でソリは陸へ。川底の岩はツルツル。 しかしこける人はいない。気合ってもんだ。

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 リは伊勢神宮・内宮の神域へと一気に駆け上がった。巧みなテコさばきでソリから降ろされる真新しいヒノキ。

 宮の行事は持統天皇の御代から続く。古くは納税の代わりにお木曳きの奉仕をしたと言う。昔の労働には遊びの要素があったような気がする。20年ごとに社殿を新しくする・・・。お祓いを受けながら、私もいろんな点でリセットしたいと思うのだった。

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2006年8月 8日 (火)

生きてんのか、死んでんのか

103_0338103_0348103_0355_1103_0393103_0406103_0409上段左より、二見浦の夫婦岩、飛島。中段左より答志島から桃取水道を望む、二見浦の御塩殿(おしおどの)神社。下段バカガイ。

 月29日伊勢にて、二見浦から東へ、飛島、浮島、牛島という小さな島をたどり、答志島西端の小学校の隣の浜に上陸した。も少し早く出発していれば答志島を一周できただろうが、何せ重大な使命を負っていたので、食事休憩もそこそこに引き返した。

 後2時半の干潮に、二見浦の御塩殿神社から30m西のポイントでバカガイを捕ってくる、ってのがその日の使命。鬱蒼とした森に包まれた静粛な神社では、ちょうど塩を作る釜に火がくべられていた。そこを通り抜け、堤防の切れ目から海岸に降りる。と、まるで縄文の貝塚のようにバカガイの殻が波打ち際に散乱していた。誰もいない。

 をスコップで掘り始める。貝殻ばかりで、生きているバカガイはとんと出てこない。ウ~ム、どこを掘ればいいんだ?渚をよ~く見ると、わずかに口を開いたのが、あちこちに転がっているではないか。ハ、ハ~ン、バカでも捕れるからバカガイっていうのか・・・、それともバカみたいに口開けてるからバカガイって言うのか・・・とひとりごちながら、それらを集め始める。

 れにしても生きてんのか、死んでんのか、はっきりしてくれないと。容器に満杯になったところで、臭いものから順に捨てることにした。

 西のほうに移動すると家族連れがいたので、バカガイはどのへんで捕れるのか尋ねる。「昔は捕ったけどね。今はもっと五十鈴川河口のほうにいるよ。堤防の石のこういうキワのところを掘るんだよ。」お父さんが教えてくれた。渚に転がってるのはダメだとおっしゃる。

 メと刻印を押されたのを捨てがたくキープしつつ、五十鈴川のほうに車で移動。堤防の石のキワを掘ったが、やっぱりイナイ。潮も満ち始めた。さすがに諦めて伊勢河崎の町屋の宿に戻る。

 き身にし、砂を吐かせた。反時計回りに水をぐるぐるかきまぜると砂を吐く(これについてはホントに実験して確かめた人がいらっしゃる)。念のため、お酒で炒りつけて供されたバカガイ、いやアオヤギはほんのり甘く美味だった。

 カガイの名の由来は殻が割れやすいので「破家」の字を当てたとか、朱色の足を殻からペロンと出した様子をバカの舌に見立てたとか、諸説あり。

 量に打ち上げられた事例が韓国で報告されており、その原因は海に淡水が流れ込み塩分濃度が低下したため、バカガイが海底の砂から飛び出し、波にさらわれ打ち上げられたのだ、との見解を読む。

 ういう現象はどこでもよくあるのだろうか。「バカガイの当たり年」だと聞いて伊勢に出かけたが、バカガイにとっては不幸の当たり年なのかもしれない。

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2006年8月 4日 (金)

河口まで楽し~宮川下りレポ④~

101_0278_1101_0282102_0294_1102_0303102_0312102_0323上段左より、水管橋、鮎漁師さん。中段左より、南伊勢大橋の川原に咲くカワラナデシコ(要クリック拡大)、アメゴの泳ぐ淵。下段左より、行き交うミニチュア電車を眺めて休憩する迷子のカワセミ丸、河口の砂嘴で大漁!後方は伊勢湾と答志島

 ったる~い下流部での心得とは?テレテレ漕いでると疲れる。ハッシハッシと漕ぎ、beautiful & efficient paddling を追求するに限る。と、河口はあっという間である。とは言え、larusはだんだん増えてきたカワウ君たちを追っかけていたら、広い中州をはさんで、隊長たちとはぐれてしまった。二人はまだ来ないだろうと思って、オヤツをバクバク食べて鉄橋を往来するカラフルな電車を眺めていると、ケータイに隊長から「電話せよ!」というメッセージ。二人はとっくにlarusを追い越して、次の橋のたもとで待っていた。

 旅後半の行程は、7月27日14:00田口大橋からリスタート、10km下り、16:00南伊勢大橋着、キャンプ。翌28日10:00離岸、15km下って14:00河口着。伊勢湾だ!潮干狩り後、14:45発、海に出て南隣りのおぞましきドブ川・勢田川を遡上、16:30伊勢河崎の「川の駅」着。我々は勢田川を航行した最初で最後のカヤッカーとなるであろう。干潮も手伝い、首都圏でも見ない汚濁ぶりだった。なので、larusは翌日にもうゼッタイ海を漕ぐことにした。

 川下流レポに戻る。川漁師さんが腰まで川に浸かって刺し網でアユを捕っていた。プラスチックのビクの中を見せてもらうと、アゴの外れたアユが。Fさんに教えられ絶好ポイントに潜る。川底では20cm位の大きなアユが流れを遡上しながら珪藻を食み、急流を身を踊らせて遡ってきた10cmほどのアメゴと、一瞬目が合う。大岩のかげにたくさんの川魚が潜み、出入りしていた。ここで粘れば、お魚写真も撮れたかも。浅瀬には20cm近いチマキみたいなカジカがいた。

 28日6:00。ザクッ、ザクッ、ザクッ。行ったり来たり、川原のジャリを踏む音で目覚める。誰が何してるんだい、朝っぱらから・・・。隊長のメガネ捜索が行われていた。皆でずいぶん探したが、結局、出てこなかった。私は宮川のカッパがかっぱらってったんだと思う。

 の川原にはいたるところコマツナギ(丈夫な茎に馬をつないだと言われる。三浦の海辺にはチョロッとしかない、剣崎あたりにはあるか)が開花していて、カワラナデシコやネムの繊細な花弁も朝日を浴びていた。アマガエルも日光浴して一日の活動に備えていた。

 川下流の両岸は川原と河畔林が豊かに残り、河口まで川底の石が見えた。砂嘴でのアサリの繁殖ぶりはどうだろう。2cm位で厚みのあるコロンとしたのがざくざく捕れた。貝殻の模様は三浦半島のより黒っぽい。

 勢神宮・外宮の禊川として大切に守られてきた宮川。自然河川の恵みを十二分に楽しませてもらった川旅が終わる。

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鑑賞したもの~宮川下りレポ③~

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上段左からキツネノカミソリ(要クリック拡大)、コオニユリ。下段左からアート岩、危機一髪民家。

 流部に咲いていたのはユリ科やそれと近縁の花々。林の中に白いウバユリ、あとは岸壁のあちこちに橙色のコオニユリ、ノカンゾウ、キツネノカミソリ、小さなヤマツツジ。なぜ夏の花は橙色が多いのだろう。

 は下流までアオサギが多い。ほかにコサギ、セグロセキレイ、キセキレイ、トビ、ツバメ、ハシブトガラス。ミサゴが真っ白な腹を見せて川筋を悠々と舞っていた。下流からはカワウと黒っぽいカモの群れ。

 瀬谷ダムのダム湖にさしかかったあたりで、F隊長が水面にできた波模様を投影しているアート岩を見つける。カヌーが通るとそれはゆらゆら陽炎のような線模様に変わった。3人でしばし鑑賞。上陸地点手前で海パン姿のマッチョなお兄さんがボートのトレーニング中。こちらも3人でしばし鑑賞。

 11:00御棟から下真手まで10kmを下り終えると、3艇をカートップし、ダム湖と堰をとばして中流の大台町・中川大橋に移動。宮川は中流からがスゴイのだった。

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2006年8月 3日 (木)

クリスタルのせせらぎに揺られて~宮川下りレポ②~

101_0239_2101_0252101_0245_1101_0246_1上段左より、早朝カワガラスとアオサギがやってきたテント前、きらめく瀬に揺られて。下段左より、川遊び休憩、全国激流下り列伝の持ち主Fさん

 7月27日、晴れ。5:00起床。本日の上陸予定地、下真手のさくらの里公園に先に車を回し、バスで出発地点の御棟に戻ってきた。バスは北岸の一部分で台風による崖崩れの補修工事が長引き、迂回、南岸を運行している。

 9:00離岸。ヤッホ~!クリスタルのベルトコンベヤーに乗る。懐かしい懐かしい川下り。川の規模や透明度は、上高地の梓川下りや熊野・古座川支流の小川(こかわ)を思い出させる。Fさんやlarusが在籍していた東京ファルトボートクラブには清流ハンターがいて、全国の山奥で清流を見つけてきては皆でファルトを背負って下りに行ったのだ。

 「ホワイトウォーターじゃないので、ご安心を。でも要ヘルメット」とのお達しで久々のメット着用(頭入ってヨカッタ)となるが、瀬は1級以下でいやらしい岩がらみや倒木もなし。1箇所だけ、Tさんが細い倒木に引っかかり格闘するも自力脱出。Fさんによれば、以前より流れがまっすぐになっているとのこと(もっと上流部分はゾッとする岩がらみあり)。

 ルメットはむしろ岸壁からの落石や落下物をよけるのに必要かもしれない。実際、左岸の高木がビシッと音を立てて倒れ落ちるのを目撃した。台風被災から2年の川だ。 

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V字谷に降りる~宮川下りレポ①~

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左より、御棟にて巻き道にロープの垂らしてある崖を下降、唐櫃橋をバックに台風災害の残る斜面、5キロ上流のキャンプ場にて

 は納涼川下りがよろし。15年宮川に通っておられるFさんリーダーだったら、尚のことよろし。

 月26日、横浜から東名を飛ばしてわずか6時間余で三重県多気郡宮川村入りした。F隊長、T側近、そしてパシリのlarusが清流の川原に降り立ったのは15:00のこと。ワ~イッ、着いたぞ~!九州・関西で集中豪雨の直後だったが、宮川は急激に増水しないとの隊長の言葉通り、透き通った青緑の淵まで川原が広がっていた。

 棟(おむなぎ)の川原にファルトを組んでおき、5キロほど上流のキャンプ指定地へ。移動中、一時どしゃぶりの雨。宮川の水源、大台ケ原は日本一の多雨地帯だ。キャンプ場のほとりに漁業協同組合があり、そこで今夜のおかず、鮎を3尾調達。クリーム色のパーマークのような模様が美しい。隊長、川原でバーベキュー中の日帰りの家族連れから炭をいただくお約束をとりつける。

 ント前の淵で行水がてら泳ぐ。水の上からも魚影が見えるが、水中メガネとシュノーケルをつけてみると、魚たちの過密状態にびっくり。銀鱗をひるがえし軽やかにさわやかに途切れることなく川を行き来している。八分音符がいたるところで踊っている。宮川には20種の淡水魚が生息するそうだが、哀しいかな、ウグイとアユとカジカしか分からない。下流側に流されてはカジカのごとく川底の石をつかんで遡上し、小半時、禊川で命の洗濯をする。

 ですこ~しスモークされた鮎と隊長ご持参の生姜焼きは絶品のお味。女三人寄ればキャンプ飯は超手際よろし。ヒグラシとカジカ蛙の合唱に包まれ、夜も更けていく。

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2006年7月30日 (日)

お木曳き、エンヤッ!

お木曳き、エンヤッ!

平成25年伊勢神宮の遷宮に備え、御木を奉納する川曳きに参加。五十鈴川で中ノ町の皆さんのお仲間に入れていただき、踊り唄い綱を引き、水しぶきをはね飛ばして暴れ、無事御奉仕が終了。秋篠宮殿下と佳子様もおいででした。貴重な体験となりました

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2006年7月29日 (土)

伊勢湾桃取水道を行く

伊勢湾桃取水道を行く

本日の伊勢湾は快晴、気温30℃以上、北西風、波高1.5〜2.5M。他のメンバーはお宮巡り、私は単身かわいい島渡りへ。二見浦〜飛島〜浮島〜牛ノ島〜答志島は往復20キロ。9:30発14:30着。ピッチの短い三角波に揺られ続けましたが、短い、しかも波を吸収してくれるファルトが良かったのか、あまり疲労感なし。カワセミ丸の良さを再認識。画像は答志島からの眺め。ここは桃取という地名。どんな由来が?ハマナデシコとママコノシリヌグイとハマカンゾウが咲いてました。二見浦の松林は見事。

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2006年7月28日 (金)

天国から地獄へ

天国から地獄へ

宮川下流から15キロ地点にてキャンプ。澱みにもぐると美しい橙色のパーマークのアメゴとお見合い。河口で潮干狩り(一掘りすると5個の大漁。汚水の勢田川を漕ぎ上り伊勢入りしました。明日は島渡りして船を清めたい!

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2006年7月27日 (木)

清流下りを堪能

清流下りを堪能

たくさんの沢が流れ込む宮川流から下流部へ。下流もまだ驚くべき透明度です。2年前の台風では有史以来初めての被害をこうむった宮川です。川岸のあちこちにその爪痕が。明日も水温27度のカッパ天国で泳いでから、河口〜二見ケ浦〜勢田川〜五十鈴川〜伊勢神宮へ。今宵のお宿は橋の下です。

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鮎と泳ぐ

鮎と泳ぐ

宮川の水中は東名高速とおんなじ。ウグイやアユがビュンビュン、あとからあとから。すごい魚影です。カジカ蛙の声を聞きながら川原で一夜の夢やを結びます。

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