2008年1月26日 (土)

『逝きし世の面影』のこと

 時代は1889(明治22)年にくだるが、英国駐日公使として赴任する夫に伴ったメアリ・フレイザーは、瀬戸内海を航行中、白帆の大群に取り囲まれたときのことをこう描き出している。「海は突如として、白いオウム貝の小艦隊のように見えるもので覆われた。いずれも張り出した帆をはためかせ、太陽を浴びて水を切りすすむ百のへさきが奏でる涼しい音楽を響かせながら、私たちのまわりに寄り集まってくる」千差万別のパタンをもつ日本の舟の帆が「独特の柔らかな輝きをたたえて風をはらむ姿は、青空を背景に銀の蜘蛛の巣を眺めるようだった」。  

『逝きし世の面影』(渡辺京二・平凡社ライブラリー)「第11章 風景とコスモス」より引用

 分の顔は自分の目で直接見ることはできない。だから私はこの本『逝きし世の面影』を支持している。幕末・明治期に日本を訪れた外国人が残した日本に関する某大な記録を読み、まとめ上げたものだ。「近代化によって滅んだ日本」を多角的に復元してみせたこの本を昨年読んだ時、ものすごい鉱脈にぶつかったような気がした。わくわくした。芋づる式に興味が広がった。

 者である渡辺京二氏に昨日、思いがけずお会いした。氏は『苦界浄土』の石牟礼道子さんと並んでにこにこされていた。朝日新聞1月25日付、夕刊第1面、『ニッポン人脈記 わが町で本を出す(1) 福岡はアフガンへの窓』のコラム中でのことだ。

 こには福岡の出版社・石風社の福元満治さんと、「ペシャワール会」の中村哲医師、そして作家・石牟礼道子さんと渡辺京二氏の気骨あふれる4人の縁について書かれていた。

 『苦界浄土』のもとになった連載をのせた雑誌、それは渡辺氏が発行していた雑誌『暗河』だった。以後、氏は水俣病追及の急先鋒だったのだ。

 が身の無知とともに、渡辺氏の衰えぬ探究心と反骨精神のルーツの一端を知る。彼の経歴を知って『逝きし世の面影』を読んでいたら、もっと深く感応できたかもしれないなあ。

 

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2007年9月26日 (水)

『マジで死ぬかと思った』

101_5930不慮の事故でパドルが折れ、おそらくパニックってるカヌー熊クンです。

釣り人の「マジで死ぬかと思った」体験談 3 

落雷・牛・宙吊り・蠢くフナムシ・座礁・一酸化炭素中毒・・・・・・etc. 

つり人社書籍編集部編

「安全で楽しい釣りのためには、必ずよくお読みください」

 の本の表紙には上記のように書かれ、釣竿を持って仰向けになり、巨大な岩とともに落下しつつある男のイラストが描かれておりました。定価900円。月刊「つり人」に掲載された「釣り人たちの九死に一生スペシャル」をまとめたものです。

 んなに笑えて、こんなに教訓に満ち満ちた本はちょっとほかにございません。もちろん笑えない話も載っています。

 れぞれのエピソードには「マジで死ぬかと思った度★★★★☆」ってな指標が付されております。

 「マジで死ぬかと思った度(測定不能)」は平成5年、奥尻島の海上で、直下型震度6の地震による津波に遭った漁師さんの手記。

 はこう締めくくっています。「わずかな躊躇が生死を分ける。有無を言わず高台へ逃げろ!条件反射で逃げろ!振り向かず、命があったら高台で再会できることを信じて・・・・・・。」

 り人は水辺では「動」に対する「静」の人だけど、内面がとても豊かで面白い書き手が多いのにちょっとしたカルチャーショックを受けました。Still waters run deep.賢者はムダ口をきかず。浅き瀬にこそ、あだ波は立て。

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2007年7月19日 (木)

山の本にカヌーの今と未来を探る(3)

Photo_67 涼画像をアップしようと昔のアルバムをめくっていたら、丹沢・玄倉川・小川谷廊下の巨大なチョックストン前で撮ってもらった1枚に目がとまる。

 下りから反対に、川を遡行する沢登りの世界を知り、楽しくてしょうがなかった頃のものだ。 私にとって深山の谷は探検の場所というより「天然の美術館」だった。初めて目にする水の諸相、水が岩に刻んだ奇形の彫刻、地球のマグマが創り出した様々な岩質。

 かし今、この写真を見て思うのは、地球の引力についてだ。落下する滝や巨石。そもそも引力に逆らう登山という行為。山の中でそうした実感があまりなかったのはどういうわけか。

 で引力を感じたことはある。360度、陸地の見えない大海原に身を置いた時、茫漠たる海洋の容積とその重力の凄さが、ちらと脳裏をかすめた。物質に重力があって、密度差があるから浮力が生まれ、船は海面に浮く。引力があるから海や山で遊べる。引力と遊んでいるのだ。スポーツはみなそうなんだろう。

 て、小川谷でロープを結び、猿回しのサルよろしくlarusを登らせてくれたわが修験道の師は、学生時代からある先鋭的な山屋集団に属していた。そして彼が若い頃、ある山の本を「抱きしめて寝てた」と語っていたのを思い出した。誰の本だったか忘れてしまったので、改めてたずねてみると、念入りなレスが返ってきた。

『わが山々へ』『大いなる山の日々』ワルテル・ボナッティ、『8000メートルの上と下』ヘルマンブール、『無償の征服者』リオネルテレイ、『処女峰アンナプルナ』モーリスエルゾーグ、『地の果ての山々』クリス・ボニントン、『挑戦』『第七級』ラインホルト・メスナー、『星と嵐』ガストン・レビュファ、『グランドジョラスの342時間』ルネ・デメゾン、『ビッグウォールクライミング』ダグ・スコット

  ルパイン・クライミングの、ヒマラヤの黄金時代だったのだ。

 遠の少年少女が「抱きしめて眠りたい」海の本も、たくさん発掘したいと思う。

 

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2007年7月17日 (火)

山の本にカヌーの今と未来を探る(2)

 屋さんに行っても買いたい本がないことが多い昨今(古本屋のほうがまだ買う気になる)、今日はささっと買いたい本が4冊決まった。全部、文庫。『オルカ』(水口博也/グリーンランダース店主さんのおすすめ本を遅ればせながら)と『海と列島の中世』(網野善彦/鎌倉と房総の話が出てくる)と『植物巡礼~プラント・ハンターの回想~』(F・キングドン・ウォード/横書きの岩波文庫だぞ)と『損料屋喜八郎始末控え』(山本一力/カバー表紙に隅田川をいきかう猪牙船と八丁櫓の船が描かれてる!)

 『植物巡礼』は『新・山の本おすすめ50選』で言及されていた1冊で、チベットに青いケシなど探しにいくイギリスの植物ハンターの回想録。こういう山行、おもしろそ。

 こで『新・山の本おすすめ50選』のタイトルを紹介しておきます。体内に冒険虫が住んでる人は寝れなくなるぞ。探すべき海の本のテーマ、カヤッキングの切り口を考える上でも、これらのタイトルは参考になりそうだ。

『果てしなき山稜~襟裳岬から宗谷岬へ』(志水哲也)・『七つの最高峰』(ディック・バスほか)・『冬のデナリ』(西前四郎)・『空へ~エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか』(ジョン・クラカワー)・『アイス・ワールド』(ジェフ・ロウ)・『ミニヤコンカ初登頂』(R・L・バードソルほか)・『シェルパ~ヒマラヤの栄光と死』(根深誠)

『山の憶い出』(木暮理太郎)・『エリック・シプトン~山岳探検家・波乱の生涯』(P・スティール)・『K2 嵐の夏』(クルト・ディームベルガー)・『垂直の星~吉尾 弘遺稿集』(吉尾 弘)・『アルプスの蒼い空に』(近藤 等)・『クライミング・フリー』(リン・ヒルほか)・『ボナッティ わが生涯の山々』(W・ボナッティ)・『冒険の達人~クリス・ボニントンの登山と人生』(J・カラン)

『西蔵漂泊』(江本嘉伸)・『泉靖一伝~アンデスから済州島へ』(藤本英夫)・『チベットを馬で行く』(渡辺一枝)・『地平線の旅人たち』(地平線会議)・『エンデュランス号漂流』(A・ランシング)・『エンデュランス号~シャクルトン南極探検の全記録』(C・アレグザンダーほか)

『アフリカ~豊饒と混沌の大陸』(船尾 修)・『カムチャツカ探検記』(岡田 昇)・『ツアンポー峡谷の謎』(F・K・ウォード)・『菅江真澄遊覧記』(菅江真澄)・『深い浸食の国~ヒマラヤの東 地図の空白部を行く』(中村 保)

『日本の山はなぜ美しい』(小泉武栄)・『森にかよう道~知床から屋久島まで』(内山 節)・『東西登山史考』(田口二郎)・『ビヨンド・リスク~世界のクライマー17人が語る冒険の思想』(N・オコネル)・『生と死の分岐点~山の遭難に学ぶ安全と危険』(P・シューベルト)

『見知らぬオトカム~辻まことの肖像』(池内 紀)・『神々の山嶺』(夢枕 獏)・『森林ニッポン』(足立倫行)・『スキー的思考』(笠井 潔)・『パフォーマンスロック・クライミング』(D・ゴダードほか)・『残された山靴』(佐瀬 稔)・『スポーツとは何か』(玉木 正之)

『小西さんちの家族登山~妻が語る登山家・小西政継の素顔』(小西郁子)・『登山の運動生理学百科』(山本正嘉)・『山書散策~埋もれた山の名著を発掘する』(河村正之)・『シェルパ ヒマラヤ高地民族の二〇世紀』(鹿野年穂)・『問いかける山~登ることと考えること』(飯田年穂)

『山麓亭百話』(横山厚夫)・『八ヶ岳挽歌』(山口輝久)・『決定版雪崩学』(北海道雪崩事故防止研究会)・『登山史の森へ』(遠藤甲太)・『異端の登攀者~第二次RCCの奇跡』(同刊行委員会)・『山の仕事、山の暮らし』(高桑信一)・『現代日本名山図会』(三宅 修)

 登山の歴史と厚みには、ため息が出る。

 

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2007年7月15日 (日)

山の本にカヌーの今と未来を探る(1)

 『新・山の本 おすすめ50選』(福島功夫・東京新聞出版局・2004年刊)を読んだ。山の雑誌「岳人」に連載された書評の選集だ。登攀記、辺境の旅、山の科学・文学・思想などの分野にわけて10年間のベスト50冊を紹介している。

 々、文中の「登山・山」という言葉を「カヌー・海」と置き換えて読んでしまう。カヌーにもあてはまるか、あてはまらないか、そのうちあてはまるようになるか。以下、引用ですが、置き換えて読んでみてください。

 * を読まないと、創造的な登山のアイデアは出てこない・・・

 * 山は手段であって目的ではなかった。登山は私を男にした。美徳と欠点を備えた完全な男にした。

 * ライミングでは百戦百勝はありえない。そのことを最もよく知るものこそ、「今・ここ」のクライミングに最善を尽くすのである。

 * 格的山岳図書の傑作の条件は幾つかある。前提としては題材にとった登山そのものが内容のあるものであること。著者の登山観がしっかりしていること。それらが第三者にきちんと伝わるように表現されていること。それに文章のよさが加わり、ストーリーの面白さや、登山の門外漢にも感銘を与えるような、人生一般にも通じる思想性を備えていればいうことはない。

 * めての山の感動というのは忘れがたいものだ。ぼくがここでいう初めての山とは、文字通りの自分にとっての初登山ということではない。「これが山なんだ!」という鮮烈な感動を与えてくれた初めての山、おそらく多くの人にとっては、初めての森林限界を超える山での登山体験のことである。

 * ポーツの目的はスポーツをすることそれ自体である。

 * くたちがスポーツと呼んでいるもののほとんどは、多くはイギリスを発祥の地とする近代スポーツである。そして、「近代」という冠がつくとおり、近代主義の功罪をあわせもっている。「罪」とは、たとえばスポーツの文化帝国主義的な側面であり、記録や勝敗への過度のこだわりである。

 * 本の山の繊細な美をきちんと理解するには、ぼくらのような一般登山愛好者も、もっと繊細な観察眼をもって山に接する必要がある。

 * 、冒険野郎、今、環境問題活動家というのはあまりにストレートすぎる。自然を相手にした冒険と、環境問題、自然保護への関心との間に、もうワンクッションあってもよいのではないか。それは何かということは、ぼくもはっきりとはいえないが、社会科学的な視点かもしれないし、西欧近代思想の脱構築といったものかもしれない。

 * をとり訳知りになるにしたがって、心の火が消えていく(中略) 何かもうすべて先が見えてしまったような気分になって、できるときまったことでないと一歩を踏み出すのさえムダに思えてくる。(中略)いつどんな歳になっても、できないことをできるようにする、不可能を可能にする何かを、人間は持ち続けている。

 * 事と山とどっちが大事なんだ。山に決まってるだろうが。

  後のは本書で取り上げられているある本の作者が、昔、ある山小屋のノートに書き付けていた言葉です。その肉筆を鮮明に思い出したので。当時、彼はある水系のすべての沢の遡行をしていましたが、ノートにそれらの沢の印象をリストにして書き連ねたあと、仲間を名指しでなじっていました。若く情熱的だったS氏。

 めて、海・カヌーの古今東西の面白い本を探し出すことを、ライフワークのひとつにしようと決めたlarusなのでした。皆さま、おすすめ本がありましたら、ぜひ教えてください.。

 

 

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2007年6月22日 (金)

『カヌーでめぐる湖』

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 に行きたくなったのは、岡田明彦さんの『カヌーでめぐる湖』シリーズを読んだからだ。

 田さんは滋賀県守山市にお住まいで、65歳からカヌーを始められ、地元の琵琶湖一周を皮切りに国内外の湖をツーリング。その詳しい記録を出版され、子供からお年寄りまで楽しめるものとして、湖ツーリングを提唱されている。琵琶湖ツーリングカヌー大会の主宰者でもあり、精力的にカヌーの普及に尽くしてこられた。高校の生物の先生でいらしたので動植物についての造詣が深く、自然とじっくり向き合える単独行を好まれるスタイルはワタシ好みだ。

 『カヌーでめぐる湖』シリーズは優れたガイドブックだし、これを読むと「80歳ぐらいまでカヌーやっかなあ」という気分になる。と言ったら、友人が呆れた顔して私を見たが、湖と「人生の秋」は合うのさ。湖畔での活動は山歩きや温泉巡りなど選択肢も多い。次はどこの湖に行くかなあ・・・

『カヌーでめぐる湖』(2001年、文芸社、¥1200):琵琶湖・宍道湖・浜名湖・池田湖・余呉湖・芦ノ湖・山中湖・大沼・阿寒湖・十和田湖収録。

『カヌーでめぐる湖Ⅱ』(2004年、文芸社、¥1400):諏訪湖・野尻湖・河口湖・美奈宜湖・江津湖・三方五湖・倶多楽湖・洞爺湖・手賀沼・猪苗代湖・カナディアンロッキー・仁科三湖・中禅寺湖収録。

『カヌーでめぐる湖Ⅲ』(2007年、サンライズ出版):国内はじめ中国杭州・イギリス湖水地方など収録。

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2007年3月27日 (火)

『縄文人は太平洋を渡ったか』

 『コンティキ号探検記』にも比肩する本を読み始めた。昨年翻訳出版された『縄文人は太平洋を渡ったか カヤック3000マイル航海記』(ジョン・ターク著/青土社/2006)。Paddler Magazine誌上で「シーカヤックによる世界10大遠征」のひとつに挙げられている航海だ。著者のジョン・タークはサイエンス・ライターにして冒険家。

 の発端は1996年にアメリカ西岸ワシントン州のコロンビア河畔で人骨が発見され、9300~9600年前のものと測定されたことに始まる。発見された場所からケネウィック人と呼ばれるこのヒトの頭蓋骨は、日本のアイヌやポリネシア人のものと似ていることから、「縄文人」に近い人種と見られている。

 は、なぜ「縄文人」は太平洋を渡ってアメリカまでやってきたのか。その謎にいどもうと、ジョン・タークは根室から千島、カムチャツカを経て、ベーリング海峡のセントローレンス島まで3000kmをカヤックでたどったのだった。前半の航海(1999.6月~8月)はアウトリガーを両側につけ帆も張れる三胴船で、後半(2000.5月~9月)は普通のシーカヤックで満身創痍になりながら。

 は冒頭からケネウィック人を太平洋横断に駆り立てたのは(居住地が人口過剰になってはいなかったことから)「旅への衝動」や「放浪への欲望」だったのではないかと述べている。ターク自身の旅も、人類学的興味からだけだなく、明らかに「冒険への衝動」によるものだろう。冒険と人類学と人間模様とが渾然一体となっていて面白い。540頁もあるが、たぶん「カッパえびせん本」。読み出したらヤメラレナイ、トマラナイ。

 ークはホーン岬も回航している。その時の回想シーンを読んでみても、あらためて現代カヤックはすごいなと思う。

 「岬沖の波は三階建てのビルディングほどの高さがあり、重量は何百万トンあったのだろうか。私は上下左右に身を動かしながら、巧みに波の表面を滑った。そして、海岸から沖へ向う波をひらりとかわし、自然が作りだした静かな入り江の中へと入り込んで、やっと安らぎをうることができた。」

 

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2007年3月25日 (日)

カヤッキングの「ふくらし粉」

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 前11時すぎ。ザーザー、泡立つ海の音が聞こえてくる。あいにくの天気だ。

 もぬるみ、もうタマちゃんのような耐寒体型でいるイミもなくなってきた。よって毎朝、海辺を3000歩、午後歩けたら7000歩あるいている。通勤はチャリ漕ぎ30分。

 くキジバトからハクセキレイとは言わない、せめてイソヒヨドリかムクドリくらいになりたいものだ(体型の話)。これらの鳥たちは浜の常連。

 りわけ美声なのはイソヒヨドリの男児。昨日はワカメ干し場のてっぺんで「ホイピー、チョイチョイ、ツツピーコー」とさえずっていた。まだちょっと覇気が足りない。桜が満開のころには艶めいたさえずりになるだろう。

 くで、錆びたドラム缶の色調と質感が、そこに開花したハマダイコンを引きたてていた。とんだ場所に芽生えたものだけど、強風の日は風をよけられていいかもしれない。

 て、本日のお題は「ふくらし粉」だった。私の舟遊びを面白くしてくれる本というイミです。『写真ものがたり 昭和の暮らし 3 漁村と島』(須藤功・著/農文協/2004年/5250円)。著者はやはり民俗学者・宮本常一に師事した須藤功氏。民俗学写真家。

 の写真集は昭和30~40年代の消えゆく漁村の風景(漁、魚介、習俗、和船など)をおさめたもの。解説も読みやすい。小学生も読めるようルビがふられている。『舟と港のある風景』(森本孝・著/農文協)の写真版といった感じだ。

 ーカヤック旅のガイドブックにもなるだろうし、旅の目的や遊び方やイベント企画のヒントも与えてくれそうだ。毎晩、ぱらぱらと眺めている。

 

    

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2007年2月22日 (木)

そーだ、たらい舟に乗りにいこう

 しみにしていた本が届いた。『舟と港のある風景』(森本孝・著/農文協、定価2900円)だ。

 者の森本孝氏は民俗学者・宮本常一の直弟子。宮本常一の代表作『忘れられた日本人』は岩波文庫におさめられ、静かなるロングセラーとなっている。書評(2月11日付け朝日新聞)では、『舟と港のある風景』は『忘れられた日本人』の漁民版」とも評されていた。

 本氏は昭和40年代、高度経済成長が本格化する直前から、日本各地の漁村を丹念に歩き、その暮しぶりをいつくしむように記録した。本書はそれらをまとめたもの。その足跡は下北、越前、能登、丹後、瀬戸内海、八重山にまで及ぶ。

 についての記載も詳しく、巻頭の写真ページには「珍しい舟」として対馬の筏、ゼーモクブネ(材木舟)とか、能登のソリをつけたたらい舟、フコーケ(深桶)、男鹿半島のエグリブネなどが載っている。もうほとんど姿を消しているのだろうか。これらを探して乗らせてもらうためのカヌーツーリングをしたくなった。

 白いエピソードも満載だ。たとえば、昭和20年代に和泉佐野(大阪の南)の老漁師はこう語ったそう。若いころ(明治初期)、「これからは一本釣りでどこの海でも自由に漁ができる」と言われ、友人と二人で西へ西へと進み、下関、壱岐、対馬、朝鮮、中国沿海まで行ってしまった。さらに南にいくと天竺(インド)に行けると教えられ、心も動いたが、その舟では小さすぎる(たぶん二、三丁櫓で大きくても5m余り)と言われ、出直すつもりで、内地に戻ってきた。

 た同じころ、淡路の漁師も友人と朝鮮に漁に行くことに。小倉で玄界灘の広いのに驚き、これから先どうなるかわからないからと女郎遊びをしたところ、相棒は命が惜しくなりリタイア。そこで独り小舟で朝鮮へ渡った。朝鮮は魚が多くて漁が楽しく、いつのまにか40年経ってしまった。郷里が恋しくなり帰国すると、葬式もすみ位牌も作ってあったとか。

 見、堅い本ですが、文章はとても読みやすく、シーカヤッカーが手にとれば、血わき肉おどることでありましょう。 

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2006年11月 2日 (木)

高田屋嘉兵衛が浦賀にやってきた

Photo_28  が伊豆下田をへて相州浦賀へ近づいたときは、その翌朝である。この日、とくに西北の風がつよかった。追風とはいえ、筏は波しぶきをあびて、三浦半島の先端の山々を見つつ北東へすすんだ。

 「油断するな」  

 兵衛は、ふたことめには声をはげまして一同の心をひきしめた。船というのは執着の港湾を見ながら破船することが多い。気のゆるみは何にもまして大敵であった・・・(以上、「菜の花の沖(2)」司馬遼太郎・文春文庫より)

 野新宮から五百年物のヒノキを12本、筏に組み、3本の帆を立てて、嘉兵衛が遂に江戸湾入りした。まだ雇われ船頭の頃の話だ。数日前から私は嘉兵衛と江戸時代の船であちこちの海を旅している。

 の本は三蔵氏@小網代BROS・関西支部のお奨め本で、前から読まなくちゃと思っていたのだが、巻をおくあたわずの面白さだ。北洋漁業の礎を築いた廻船業者高田屋嘉兵衛、この希代の大人物の生涯にからめて、日本の海文化・船文化についてはもちろん、農村社会の閉鎖性(イジメは日本文化の十八番だった)、日本各地の庶民の暮らしぶりや農本主義から商業主義へという産業構造の転換期のありようを描き出していて、作者が嘉兵衛を選んだ着眼はすごいなと思わせられる。膨大な資料を読み込んで、平明に引用している。

 いうわけで、夜更かし読書のおかげで、明日は浦賀の灯明台から鴨居に漕ぎに行こうかという予定はポシャッタのでした。

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2006年10月22日 (日)

クマはいるか~い!

 larusは今、カヤックでアラスカを旅している。これからブリティッシュ・コロンビア州西岸、バンクーバー・アイランドを経て、ワシントン州ベリンガムまで南下する。

 もこわいのは「クマと溺死と危ない男」。ちょっと上陸するのにも深い森に向って「ヘーイ!クマはいるか~い!」と叫び、フォ~ン、フォ~ン!とエアホーンを鳴らす。岸辺のヤブ漕ぎで恐怖心が募ってくると大声で歌う。「♪クマはお山に、お山にかえりましょね~(フォ~ン、フォ~ン)、カヤッカーにゃ、ちょっかい出さないのよォ~」・・・

 ッタイこういう本、ナチュラリスト・カヤッカーが書いた旅行記が欧米にはあるだろうと思っていた。そして見つけた。やっと届いて読み始めた。"Spirited Waters"(by Jennifer Harhn, The mountaineers Books)という本だ。

 者のジェニファー・ハーンはアメリカ西岸ワシントン州ベリンガムで「エラカー!カヤック・ツアーズ」を設立した女性カヤックガイド。冒険好きな父親に育てられ、カヤックガイドのほか、ナチュラリストでイラストレーター、スキーインストラクター、オーデュボンの編集アシスタントなど、マルチな経歴を持つ。ピューリッツァー賞作家アニー・ディラード(アメリカ古典文学の大家、「森の生活」のH・D・ソローの影響を受け、二十歳でバージニア州の渓谷に住んで思索した)に私淑していたらしい。作中、自然保護団体シエラクラブ初代会長のジョン・ミュアへの言及も見られる。

 いうわけで、ジェニファーのこの著作"Spirited Waters"(「生命あふれる海」というような意味か)は、単なるカヤックの航海記録を超えて、アメリカ人およびインディアンの自然観や生き方に対する省察をかいま見させてくれる興味深い本のようだ。

 夏と2春、足かけ5年の1200kmにおよぶ旅の記録には、彼女の手による動植物のイラストがちりばめられ、生き物たちとの出会い、カヤック旅の苦労や喜びが詳細に綴られている。この本を読むか、漕ぎに行くか、迷う今日この頃。

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2006年8月21日 (月)

夏休みの子供たちに寄せて

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   月18日、宮ケ瀬湖で漕いだ時のこと。子供の野外活動グループがカナディアン8艇ほどでツーリングにやってきた。上手に船を操る小さな肩に、トム・ソーヤやハックルベリー・フィンの姿を重ねる。

 盤、か細い腕の女の子たちの船が蛇行を繰り返し、遅れをとっていた。リーダーの叱咤激励でどうにか完漕。上陸した子たちは順次、ポンツーンで助走をつけ湖にドボン、ドボン。湖畔に水しぶきと子供たちの歓声が弾けていた。永遠に夏休みだといいね。

 ケ瀬湖は国の管理下に置かれ、自然保護のためカヌーで漕ぎ回れる場所はごく限られている。釣りも禁止。それほど魚影は濃くなさそうだが、カワウが20羽ほど来ていた。湖面すれすれをツバメが飛翔。湖岸で潜ってみると、斑点模様の10cmほどのマス?と、湖底に4~5cmのゴリかハゼがあちこちに。60cmほどのコイに似た姿も。

 月21日、鎌倉市中央図書館で次のようなアンケートをしていた。「夏休み特集:本と映画、あなたはどちらがおもしろかった?」

 象作品は『ハリー・ポッターと賢者の石』『ゲド戦記(さいはての島へ)』『ブレイブ・ストーリー』『ナルニア国ものがたり(ライオンと魔女)』『ハウルの動く城』『ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)』

  書館にやってくる本好きの子供たちによれば・・・

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   供と本にちなんで、美智子皇后の至言を思い出したので引用させていただきます。平成12年国際児童図書評議会ニューデリー大会での基調講演「子供の本を通しての平和」の一節です。

 「供達が自分の中にしっかりとした根を持つために/子供達が喜びと想像の強い翼を持つために/子供たちが痛みを伴う愛を知るために/そして子供達が人生の複雑さに耐え、それぞれに与えられた人生を受け入れて生き、やがて一人一人、私共のふるさとであるこの地球で平和の道具となっていくために。」

 

 

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2006年7月25日 (火)

怪力女larus!

本日発売の「暮らしの手帖」23号にlarusの絶対見られたくない写真が掲載されてます。よりによってなんでアレなのか。しかし日頃、日本の女は纒足してるみたいに華奢すぎると思ってるので本望とします。G-BASEからお借りした美しいスキンカヤック模型が記事の冒頭を飾っております。明日から夏休み。女3人で三重県のV字谷渓谷、宮川へ。果たして何が待ってる?!

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2006年4月 4日 (火)

『沖で待つ』を読んで

 ヌーをやっていなければ、今年の芥川賞受賞作を読もうなんて気にはならなかったはず。『沖で待つ』。カヤッカー心をそそるタイトルではないか。ちょっぴり宮本輝の『青が散る』みたいな青春小説、それも海を舞台にしたのを想像したのだ。

 和63年、1988年の池澤夏樹の『スティル・ライフ』を読んで以来、たぶん初めて、つまり平成になって初めてまともに芥川賞受賞作品を読んでみた。

 後感は・・・。取り立てて何もない。フ~ン、である。この選考は、去年の十代の若者による受賞の反動なのか。会社の同期の男女の「友情」を文学がやっと描いた、とかで選考委員の河野多恵子さんは評価されてる。サラリーマン生活が物珍しい人には面白いのかもしれない。作者の糸山桜子さんはどこかで「恋愛関係、とか規定できない名づけようのない関係を書いてきた」みたいなことを語っておられた。また受賞の弁では「この作品は自分の中で特別な作品ではない」とも。

 がこの作品で唯一オヤと思ったのは次のくだり。「太っちゃんは前から欲しかった二人乗りのシーカヤックを今度のボーナスで買うお許しが出たといいました。そんなもん車に載るの、と聞くと、ちゃんと寸法あたったから大丈夫、と太っちゃんは言いました。私たちがするのは、そんなたわいもない話ばかりでした。」

 トーリーの舞台は主に福岡なのだ。「九州はやっぱりシーカヤック盛んなんだあ。」これが正直言って唯一の感想。

 ひとつ最近読んだのは小学生向けの絵本。「シリーズ調べよう 日本の水産業」全5巻。岩崎書店刊。内容は海の自然と漁業の今と未来、都道府県別の水産業の紹介。日本の科学絵本はハイレベルで、大人が読んでもとってもお勉強になる。第2巻の「海に親しむ」の頁にこんな記述が。

 「最近は、年々マリンレジャーやマリンスポーツがさかんになっています。釣りやウィンドサーフィン、ボートやヨット、海水浴や潮干狩りなど、昔から親しまれているレジャーにくわえて、より自然に親しむシーカヤックやスキューバダイビングなども人気です。・・・大都市圏を中心に海にせっしたいというニーズが高くなっています。」

 のニーズは痛切だと思う。カー・マニアの糸山さん、シーカヤックにも乗ってみてください。そしてシーカヤック小説、書いてくれませんか。そしたらもっといっぱい感動して読みますよォ~。larusの勝手なお願いです。えっ、そういうことは直木賞作家に頼んでください、ですって?

               *          *          *          *           *

「相模湾なぎさシンポジウム」(海岸侵食に関する講演、パネル討論)の開催日程が発表されました。

とき:  4月23日(日)13:30~16:00 

ところ: かながわ女性センター(江ノ島)

申込み: ファックスにて行事名、郵便番号、住所、氏名、電話番号を明記し、4月17日までに県砂防海岸課へ。(FAX045-210-8878、TEL045-210-6514) 定員400人。

(当ブログをご訪問いただき、ありがとうございます。カヤッカーズ同人誌Pen&Paddle刊行準備のため、今月は週1回程度の更新となります。)  

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2006年3月10日 (金)

鶴になった登山家

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 稜線に近づくにつれて、吹き下ろす強風は一段と激しさを増し、気温が急速に下がってきた。

 日が沈んだのだ。そこには、すさまじいまでの夕焼けが広がっていた。空気も雲も一体となって燃え、黄金色からばら色へ、さらに杏色へと柔らかな階調を織りなしていた。そして左の方遠くに、マッターホルンが望まれた。ぼくはユマールにぶら下がったまま、息をころして眺めた。谷間には夜が訪れているが、ウォーカー稜の側壁はライラック色に映え、次第に鉄色に向かって変化してゆき、そして突然闇の中に姿を没した。

(加藤保男著・中公文庫『雪煙をめざして』の「酷寒のグランドジョラス北壁」より)

     *          *          *

 HKの土曜ドラマ「氷壁」を楽しみに見ていた。主人公を演じた玉木宏は演技は未熟だが、その風貌と声は久々の逸材俳優だと思った。ドラマ「氷壁」のサイトを見ていたら、ある視聴者がこんな書き込みをしていた。「玉木宏は登山家加藤保男にそっくりで震えた。」

 藤保男についてはヒマラヤで行方不明になったこと、ヒマラヤ越えするツルがいるのを広めたことしか知らなかった。早速、その唯一の著作『雪煙をめざして』を手に入れる。確かに玉木宏と似ている。またどこか私の弟の若い時分を彷彿とさせ(もちろん山の貴公子と呼ばれた加藤さんみたいにハンサムじゃない)、しばし昔のことを思い出した。大学時代、山に明け暮れていた弟はうちでは勉学してるか山靴磨いてるかのどっちかだった。自分の子供に無酸素でヒマラヤ登頂させるんだとよく言っていた。ちょうどその頃、驚異的な体力で怪物と呼ばれていた加藤保男はマナスルに無酸素登頂を果たしていた。

 と氷の世界と格闘した青春時代の山行集『雪煙をめざして』を読んで、くだんの書き込みをした視聴者が「震えた」わけが想像できた。そっくりだったからではなく、その人にとって加藤保男が鮮烈な忘れがたい登山家だったからだろう。飾らぬ筆致で明るく、しかし壮絶な世界を描いたこの著作を読めば、加藤保男は誰の心にも刻印をきざむだろう。33歳でエベレスト冬季初登頂を果たした後、ジェット・ストリームに呑まれ、今もヒマラヤのどこかに眠っている。

 24年も前の話だが、彼の魂が安らかに成仏できたとは思えず、私は数日間、加藤保男のことばかり考えていた。パドリング中も2度、彼のことを思い出した。手と足の指が冷たくかじかんだ時に、凍傷で足と手の指13本失った彼のことを。純白のコサギの群れを仰ぎ見た時、ヒマラヤで鶴を見上げていた彼のことを。

 マラヤの鶴、アネハヅルは最も小さいツルで、毎年、春と秋に、中央アジアとインドの間を高度8000メートルの世界の屋根を越えて行き来する。このツルが飛ぶと登山家たちも天候について安心するという。なぜヒマラヤを迂回しないのかといえば、ヒマラヤが低かった太古の時代からの習性に従っているかららしい。まれに日本にも迷鳥としてやってくる。

     *          *          *

 マナスル登山の目的の一つは、鶴の群がヒマラヤの峰々を越える姿を実際にこの目で確かめ、それを記録することにあった。だからぼくはシェルパと会うごとに、「鶴はまだかい・・・・・・、いつごろ来そう?」としつこく聞いてはその日を待ちわびていたのだった。約二百羽の群れがBCの上を東から西へ通過し、長くはないが何とか八ミリに収めることができたという彼女の声を聞き、ぼくは思わず、やったあ、と叫んだ。

(『雪煙をめざして』の「マナスル再び」より)

 藤保男はツルになって、毎年ヒマラヤ越えをしているにちがいない。時々日本にも帰ってきているのかもしれない。

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2005年12月27日 (火)

ユーラシアを歩く旅(ロンドン~東京2万キロ)

_001_5 「写真集 ユーラシアの風景とそこに生きる人々」                     発行者:ユーラシアを歩く会(東京都立大学ワンダーフォーゲル部OB会内)          http://tmuwv.zive.net/~wvftp/   平成17年11月刊

 年最も印象に残った本である。この会のメンバーである知人に頂いたものだ。会は1995年、都立大ワンゲルのOB有志によって結成され、この10年間でイギリスのグリニッチ天文台からヨーロッパ、トルコ、コーカサス、中央アジアを経て、中国新疆ウイグル自治区のハミまで1万キロをリレー方式で歩いた。中心メンバーは60~70代の方たち。

 青春時代に同じ釜の飯を食べた山仲間で、このような壮大な企画が実現できるのはどんなに楽しいことだろう。グルジア、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、キリギス・・・ 中央アジアのちょっとほこりっぽい360度地平線をのぞめそうな風景。世界で今後、大きな経済成長が予測されているのはインドと中国だけど、中央アジアも変貌するのだろうか。

  10年前モンゴルを馬で旅した時、通訳の若い女性はモンゴルの草原はずっとこのままであってほしいと言った。遊牧民のある男性は「ここにはすべてがある」と言い切った。たしかに夏の草原は桃源郷に思えた。

   レー方式のユーラシア大陸徒歩横断のように、カヌーツアーも駅伝方式でやったら面白いかもしれない。先の話だがlarusは神奈川県の海岸線漕ぎが一段落したら、「千葉県1周」(江戸川、房総半島1周、利根川)してみようかと考えている。カヤッカーのみなさん、それ、駅伝でやりませんか。

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