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2008年3月24日 (月)

イースターに思うこと

 月23日は、キリストが復活した日、イースター。私は幼児洗礼の不熱心なカトリック教徒だ。教会には年2回、クリスマスとイースターにしか行っていない。イエスの誕生と復活を思い起し、自分も新しく生まれ変われるように。

 供のころはサンタクロースがいるのと同様、神様がいると信じていた。30代になってから、神ではなく、人間イエスの存在が心にしみた。

 知全能とされる神。イエスが「主よ」といつも呼んだもの。それはいったい何だったのか。世界の調和やそれに対する願いを想像力豊かに極度に擬人化したもの。今はそう感じている。

 リスト教の教えの大きな柱である「隣人愛」。隣人とはだれか。家族や友達や恋人ではない。この教えには、身近な人間に執着してはいけない、という含意があるのだ。

 口や方法はちがっても、キリスト教と仏教の目ざすところは同じだ。特にチベット仏教には強いシンパシーを持っている。歪曲された日本の葬式仏教と異なり、インド仏教の直系だからだ。

 刑に甘んじたキリストも、「悪法もまた法なり」と言い残して毒杯をあおったソクラテスも、チベットの分離独立は求めていないと語るダライ・ラマ14世も、同じに見える。「負けるが勝ち」ということだ。

 治や経済は人が生きていくための方便にすぎず、宗教や哲学、自然や芸術が生きる意味や目的を教えてくれると私は思っている。政治大国も経済大国もこれらを軽んじるなら何だというのか。中国政府は半世紀にわたってチベットの宗教文化を破壊(6000の寺院・僧院を破壊)した。最近は市場経済を持ち込み、商売にたけた漢民族がチベット人たちを翻弄してきた。

 ベット騒乱の現状を知りたい、チベットを支援したいという方、ぜひ以下のサイトを見てください。

http://www.tibethouse.jp/home.html

 

 

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コメント

 最近、ダライラマの御本を読んでます。信じられないぐらい、キリスト教と共通点がありますね。中国には大人(たいじん)な対応を期待します。

投稿 jogo | 2008年3月27日 (木) 08時21分

そうですよね。本当に似ていると思う。聖書の「心の貧しい人は幸いである」は仏教で言えば執着や我を捨てた人、のようにも思えるし、表現がちがうだけのような気がします。『ブータン仏教から見た日本仏教』(NHKブックス、今枝由朗著)というのがおすすめです。もちろんブータン仏教とはチベット系仏教です。

投稿 larus | 2008年3月28日 (金) 12時03分

『ブータン仏教から見た日本仏教』、読んでみます。今僕は「目覚めよ仏教 ダライラマとの対談」(上田紀行 NHKブックス)を読み終えたところです。気持ちいい読後感に浸っております。

投稿 jogo | 2008年3月31日 (月) 21時25分

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