
左:マイ・ネズミ。7cm、50gのフロートは、普通に漕ぐと海面近くで水しぶきをあげ、ゆっくり漕ぐと沈む。弓角(ゆみつの・疑似餌)はピンクのみ使用。右:七里ガ浜沖にて。ウミネコが数羽集まる定置網のそばを漕ぐ。

左:江ノ島南端。いつも釣り人がいっぱい。クロダイやメジナ狙いなんだろう。右:その真ん前で当たりが来た。ころころむちむちのソーダガツオ。25㎝。

左:腰越沖でイキのいいワカシがヒット。右:坂ノ下海岸帰着。いたって穏やかだが、アンドンクラゲがいるので注意!!

左:ゴカイの糞山が果てしなく続く。右:漂着していた藁細工。お盆の名残だろうか。
朝方の北東風にかすかな秋の兆しを感じる。鎌倉坂ノ下海岸~江ノ島往復。漁?とトレーニング漕ぎに行く。8:30出艇、11:30帰艇。
干潮の坂ノ下海岸に降り立ち、出漕準備をしていると、前方の渚で恰幅のいい白人男性のお父さんと子供が3人。7歳くらいの一番上の男の子がボードの上に腹這いになってエ~ンエンと泣いている。瞬間、これはスパルタ・パパで、いやがる息子にサーフィンをさせ、溺れかかったんじゃないかと想像する。
しかし、膝の裏をクラゲに指され、薬を買いに行ったママの帰りを待っているところだった。薬局で調合してもらったクラゲ用の薬を持っていたので塗ってあげた。ちょっと古いので効き目は分らなかったけど。帽子もかぶらず泣き続けて水分が出てるから、冷たい麦茶などすすめていたら、日本人のママがお酢を手に戻ってきて、一家はおうちへ。
アンドンクラゲの触手に巻きつかれたのだろう。あれはズッキンズッキンと痛い。子供ならなおさら。アンドンクラゲが出たら夏も終りだ。以前、長浜の浅瀬でアンドンクラゲの集会を見たことがある。ゆでる前のパスタが袋から散乱したみたいだった。視覚的にはまさに行灯になが~い尻尾がついていて、面白い生き物だ。そんな海辺の面白い生き物を集めた、ちょっとミロ風な作品を日本画家の堀文子さんが描いていた。
さて、漁である。今朝は寝坊して出足は遅いし、ウミネコの姿も全くない。期待せずパドリング。稲村ケ崎には次から次に小さなサーフが押し寄せ、サーファーがいい波待ちをしている。七里ガ浜に入ると、サーファーも消え、釣船もヨットもいなくて、江ノ島までの広い海原を独占状態。きょろきょろナブラ(海面に浮かんできた魚の群れ)を探していると、ウミネコが数羽やっぱりナブラを探して飛んでいるのだろう。
ナブラ、全くなし。仕方ない、定置網の周りを漕いでみようと、赤旗に近づいていくと、定置網のブイの上にウミネコたち。彼らと同じ行動をとっているようだ。魚を追っていると、ウミネコの行動パターンが少し分ってくる。釣りをすると海を見る目が変わるとjogoさんは言っていた。
さっぱりだが、とりあえず江ノ島を時計回りに回ることにする。ジェットスキーと腰越漁港にもどる漁船をかわしながら進む。いつものように島の南西端は釣竿の行列である。並んだ浮きを遠巻きに漕いでいると、当たりがくる。少し引いたり戻したりして釣り上げる。サバか?ソーダガツオとはちがうような。石が飛んでこないかちょっとシンパイしながら(磯の人たちは青物なんか狙ってないだろう)、締めて、クーラーボックスに。
江ノ島大橋をくぐり、腰越沖を通過中、2匹目が来た。ウグイス色のワカシだった。すごく元気がよくて、締めるのに時間がかかる。遠くの水平線を見ながら「ごめんよ、成仏しておくれ。しっかり食べるから」と念じながら、エラをひっぱる。が、なかなかとれない。目をむいて、あえぐように口を開けている。あんなにぴちぴちだった体が、みるみる間にぐにゃっと縮んだ。それでも死ねない。スカートは血の池。かわいそうなことをした。締め方をもっとよく教わっておくべきだった。
釣りは、自分の生の裏には、いくつもの目をむいた死があったことを想起させる。この魚の命をもらう代わりに、ほかの肉は減らそう、ムダ食いはやめようと思うのだった。ギャル曽根よ、1度、釣りをして魚を締めなさい。
釣ったからには美味しく食べるべし。近所の魚屋さんに釣った魚を持って名前を聞きにいく。1匹目はソーダガツオ。マンダラと呼んでいるそう。血合いが多く売れないが、刺身のほか、二つに切って、こってり煮るといいとのこと(とても美味だった)。ワカシも煮るといいと言われたが、カルパッチョにしてしっかり食べたよ。君のあのはちきれんばかりの命をもらって、がんばって生きます。
能登の旅でF隊長がこうおっしゃっていたのを思い出す。「いただきます、っていうのはごはん作ってくれた人に対して言ってるのかと思ってたけど、生き物に対してその命をいただきます、っていうことだったのよね。」
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