2008年4月21日 (月)

当ブログ終了のお知らせ

 のたび、「鎌倉カヌークラブ 海彦山彦」のHP作成にともない、当ブログを終了することにしました。

 までお読みくださった皆さま、どうもありがとうございました。アクセス回数も励みとなり、これまで更新することができました。

 後の活動などの記録は、海彦山彦HPのほうにクラブ員の協力も得て集約していきたいと思っております。引き続き、そちらをご覧いただけると幸いです。

 、HPといいましても、経費節減、無料のオープンソースで作ったHPですので、地味~なものです。が、PCオンチなので、今はこれ以上はいじれません・・・ おいおい改良してまいります。

 「そんな、もったいぶってないで、早くそのURLを教えなさい」ですって? ほんじゃ、引越し先を書きますよ。

 http://kuhyh.net

 ゃんと表示されますように。

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2008年4月 6日 (日)

隅田で櫓船

101_7039101_7046_2左:浜離宮にて。右:水上バスで浅草へ。

101_7052101_7059左:浅草寺の仲見世。右:深川さくらまつりの大横川(隅田川に通じる運河)で行きかう櫓漕ぎ和船。

101_7069101_7074左:大横川ぞいの遊歩道には花吹雪が舞い、水面には一面の花筏。右:和船で大横川から隅田川に出る。正面は佃島。

  月5日、春爛漫の浜離宮から水上バスで浅草入りし、蕎亭・大黒屋さん(評判通りの優しいお店の方)でおそばをいただいてから、江東区「和船友の会」の皆さんが活躍する深川さくらまつりへ。

 桜の散りぎわの美しさを堪能した。花筏を浮かべた大横川を、船頭さんの息遣いがじかに伝わってくる和船に揺られてゆくのは格別の味わいだった。

 それに酔ってると、昨年の伊豆松崎シーカヤックマラソンでどーしても追い抜けなかったHさんが後方からお仲間カヤッカーと一緒に颯爽と現れたのだった。

 「Hさ~~~ん! H(larusの本名)で~~~す!」と大きく手を振ると、応えてくださったが、その姿はあれよあれよという間に小さくなった。きっと葛西、浦安から、旧江戸川をさかのぼって市川まで漕いで帰られたのだろう。腱鞘炎じゃなかったら、アタシもカヌーでついていきたかったよ・・・

 この日は隅田川左岸佃島の住吉水門から漕ぎ出てきたカヤッカーグループもいて、隅田・深川はすっかりお花見ツーリングコースになっている。

 さて、しかし。本日のハイライトは和船乗船タイム終了後に待っていた。業務を終えて越中島の南端にある船だまりに向う和船にのせていただいたのだ。4艘の櫓漕ぎ和船が競争しながら、隅田の本流にもまれながら進んだ。

 オモテで長い櫂を操っている方は、今も愛媛まで漁のお手伝いに行くという元漁師さん、トモで櫓を漕ぐ方も若かりしころ羽田で漁をされていたから、まさしく、おおぶねに乗ったような気分。そして後方に続く3艘を眺めれば、一瞬、村上水軍になったよーな爽快感を味わった。櫓漕ぎ競漕はさぞ面白いだろう。

 「和船友の会」の皆さん、本当にありがとうございました。いつまでもお元気で活躍してください!

    

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2008年4月 1日 (火)

WANTED!

Photo「城ヶ島沖の海鳥観察グループ」より以上の広報を頼まれました。

私も城ヶ島付近でカンムリウミスズメの親鳥を何度か見たことがあります。白い頭に黒い冠羽が(だれかさんの寝起きの髪の毛みたいに)おったってるのですぐわかります。

でもヒナはまだ目撃したことがありません。5月頃、ヒナが見つかれば、三浦半島で繁殖している可能性大となり、とっても新発見なのです。保護にもつながります。

カヤッカーのみなさんに大きな期待がかかっています。目撃情報は上記の担当者(クリック拡大してください)、またはlarusまでお寄せください。

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2008年3月30日 (日)

「鎌倉カヌークラブ・海彦山彦」をよろしく!

100_6985_2  彦山彦とは居酒屋の名前になるはるか昔、日本神話に登場する海の神様と山の神様の名前でありました。海彦は釣り名人、山彦は腕のいい猟師。原初の豊かな海と豊かな山を象徴しております。

  在、会員3名のちっぽけなクラブですが、構想はでっかく、この広町緑地の1本の大桜(根元から枝分かれしてる)のように大風呂敷を広げています。まず企画ありき、企画実現のためのクラブです。詳しくは近々、HPを立ち上げますので、そちらを見てやってください。中には内外の皆さまのお力添えをいただかないと実現できそうにない計画もあります。たくさんのゲスト参加をお待ちしております。ご興味あるツアーやイベントがありましたら、どうかどしどし参加してやってください。

 日はクラブの山彦部門の一企画「山の保水力と川の自然度を見に行く」の一環として、長谷の大仏の裏山から湧き出して由比ガ浜に注ぐ稲瀬川と、西鎌倉の広町緑地から湧き出して腰越に注ぐ神戸川(ごうどがわ)を、お花見しながらたどってきた。桜のみならず、小さな小さな野草たちも満開です。3面護岸の稲瀬川でさえ、コンクリの隙間には黄金に輝くハハコグサが、浅瀬にわずかにつもった泥にはキツネノボタンが咲いていて、なんとたくましく、そしてつややかなんだろう! アタシも頑張るよ。

 だ今、海彦部門の「たらい舟プロジェクト」で。佐渡のたらい舟職人さんが「よし。それなら、作ってやろう」と首をたてにふってくれるよう、奮闘中なのだ。腐らせないようにするのが大変な上、タガ(1~2年でいたむ)を付け替えてくれる人が近くにいないとだめだとおっしゃる。だから、タガがいたんだ時の補修を小田原の桶職人さんに懇願中。

 ころで、鎌倉の里山を散策している地元の人たちとちょっと言葉を交わした時、私が森と川と海をつなげて見ているのだと言うと、何人かの方が「へえ~、そんなふうにつながっているものだって考えたことなかったわ。今度から気をつけてみてみるわ」というようなことをおっしゃった。本日の思いがけない収穫。

 発をまぬがれた広町緑地の、大桜の花の天蓋を樹下から、そして少し離れたところからも眺めてみた。鎌倉の市花ヤマザクラとソメイヨシノが柔らかに咲いた広町の山すそには、若緑色の湿地と復元された田んぼが広がっている。それは天然のダム。雨水が一気に海に流入し淡水化するのを防ぎ、植物・動物プランクトンを海に注いでいる。海を守り、お魚を呼ぶ里山です。腰越沖でシカトロ中にワカシが釣れたのも、この緑地のおかげかもね。

 

  

 

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2008年3月24日 (月)

イースターに思うこと

 月23日は、キリストが復活した日、イースター。私は幼児洗礼の不熱心なカトリック教徒だ。教会には年2回、クリスマスとイースターにしか行っていない。イエスの誕生と復活を思い起し、自分も新しく生まれ変われるように。

 供のころはサンタクロースがいるのと同様、神様がいると信じていた。30代になってから、神ではなく、人間イエスの存在が心にしみた。

 知全能とされる神。イエスが「主よ」といつも呼んだもの。それはいったい何だったのか。世界の調和やそれに対する願いを想像力豊かに極度に擬人化したもの。今はそう感じている。

 リスト教の教えの大きな柱である「隣人愛」。隣人とはだれか。家族や友達や恋人ではない。この教えには、身近な人間に執着してはいけない、という含意があるのだ。

 口や方法はちがっても、キリスト教と仏教の目ざすところは同じだ。特にチベット仏教には強いシンパシーを持っている。歪曲された日本の葬式仏教と異なり、インド仏教の直系だからだ。

 刑に甘んじたキリストも、「悪法もまた法なり」と言い残して毒杯をあおったソクラテスも、チベットの分離独立は求めていないと語るダライ・ラマ14世も、同じに見える。「負けるが勝ち」ということだ。

 治や経済は人が生きていくための方便にすぎず、宗教や哲学、自然や芸術が生きる意味や目的を教えてくれると私は思っている。政治大国も経済大国もこれらを軽んじるなら何だというのか。中国政府は半世紀にわたってチベットの宗教文化を破壊(6000の寺院・僧院を破壊)した。最近は市場経済を持ち込み、商売にたけた漢民族がチベット人たちを翻弄してきた。

 ベット騒乱の現状を知りたい、チベットを支援したいという方、ぜひ以下のサイトを見てください。

http://www.tibethouse.jp/home.html

 

 

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2008年3月20日 (木)

鎌倉カヌークラブ(仮称)立ち上げのための人材募集

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Think globally, 

act locally! 

~冒険を通して地域を考えよう

鎌倉市民の皆さんへ

比ガ浜からカヌーで漕ぎ出し、海から鎌倉を眺めてみませんか。そして西は江ノ島、茅ヶ崎の烏帽子岩、真鶴半島、行けたら伊豆半島をこえてもっともっと、東は城ヶ島、房総半島、行けたらもっともっと遠くまで、漕いでみませんか。カヌーを操って、腕2本で。

風強い日には、相模湾に流れ込む大小の川を遡上してみませんか。時には舟を置いて、海を作っている源流部の森を見に行きませんか。体力アップをかねて相模湾を見おろすすべての山に登ってみませんか。

、川、海。水の循環経路で遊ぼうという企画力ある人材を募っています。特に環境、生物・植物学、都市計画、海岸工学、海洋・水産学を勉強している学生さん(カヌー経験不問)、それから初心者カヤッカーをサポートできる中級以上のカヤッカーを求めています。

興味やご質問のある方は、当ブログ管理人のlarusまで(cuckoo@mve.biglobe.ne.jp)お気軽にご連絡ください。委細はメール、または面談にてお伝えします。

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2008年3月17日 (月)

鶯、ピクシー、チベット

 事に忙殺され、なんのオコトワリもせずに、ひたすらブログの未更新記録を伸ばしておりました。いつもお読みくださっている皆さま、ゴメンナサイ。

 月14日、隣家にやってきた鶯の初音を耳にし、チベットで起きた大規模な騒乱のニュースに驚き、翌15日にはJリーグ名古屋グランパスの妖精ドラガン・ストイコビッチが監督として初勝利し、本日、やっぱり鎌倉カヌークラブ(仮称)を作ろう、とケッシンするにいたって、ようやくここにブログを更新しまっす。

 間の価値は行動だと思うので、時々、座して文章をいじくってるブログ更新がとてもオックウになってしまうワタシです。

 て、「チベットを馬で行く」(渡辺一枝)に登場する25歳の聡明なガイドのツェワンは言いました。「チベットが中国に支配されているかぎり、ボクは結婚はしない」と。この旅の達成は青年ツェワンに負うところ大だった。ツェワンは今頃どうしてるだろうか。一枝さんが日本から持っていったシラス干しに、目をまんまるくして「日本人はこんな小さな魚まで食べちゃうのか」と驚いた殺生をしない仏教徒の彼ら。

 暴力主義のダライ・ラマ14世を精神的な最高指導者に仰ぐチベットの人たちが、僧衣の者まで商店のシャッターを蹴る姿には驚いた。暴動は中国各地のチベット族に飛び火し、中国当局の武力弾圧を受けていると伝えられる。

 けど、北京オリンピックを前に、政治とスポーツは別にしてほしい。憂いをひめたピクシーの横顔を見ながらそう思った。彼はユーゴ制裁によって、最も脂の乗った時期に国際舞台から締め出された。名古屋グランパスでは、国連軍に抗議すると書いたシャツを着てプレーしてたこともあったよね。

 ベットでは憤怒が渦を巻いているが、私はふたたび巡ってきた春の使者であるウグイスの奇跡的に美しいさえずりにうっとりしている。連日3日も。ああ、ここはなんて平和なクニなんだろう。

 ベットにも春が来ることを、騒乱が沈静化し、独立が現実のものとなることを願う。国際世論にはあなたの願いも私の願いも入ってる。言の葉の力を信じて・・・ 

 

 

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2008年2月10日 (日)

海のセリを食す

【漕ぎレポ】2月9日(土)曇り→みぞれ→弱雨、気温4℃、水温16℃、日出6:35、日入17:17、北風4m、波高0.5~1.5m、満潮6:43、干潮12:29、中潮。

コース:鎌倉由比ガ浜8:30~七里ガ浜~江ノ島~由比ガ浜12:30

 事も家庭サービスも忙しい毎日、暇を見つけては寒中、自主練習してるOさん。そんな彼にぜひjogo氏を紹介したいなあと思い、サーフ練習をお願いした。

 はいえ本日の朝の外気は2℃。だれかやめようって言い出してくれないかしらんと思いつつ、コロコロに載せた船を引いて由比ガ浜へ。陸からオレンジのジャケットに身を包んだニコニコ顔のOさんが登場し、海から後ろ向きにサーフィンしながらjogo氏のスパルタンが静々と上陸。

 はいたって穏やか。材木座のさざ波でサーフ練習ならラクチンだなと内心ほっとしてると、センセイはすかさず七里ガ浜に行こうとおっしゃる。エ~ッ!沈したくない。 

 村ケ崎を越えると、富士は雲の中。箱根駒ケ岳とその左の二子山の凹面に雪がついていた。南東の水平線と接した空がやけに赤い。

 里ガ浜沖には初心者にはほどよい波が立ち、1時間ほどサーフィン指南してもらう。jogo氏は気持ちよさそうに何度も海面をすべり、サーファーのOさんもさすがバランス感覚抜群で波打ち際までよく波に乗っていた。私は2回くらい乗れたかな。

 里ガ浜に上陸して、ハンバーガーショップで暖かい物を食べて、サーフ講習は終了。jogoさん、寒中、どうもありがとう! 仕事に向うセンセイと、あとから合流した波男さんの逗子組と別れると、鎌倉組のOさんとlarusは江ノ島を目指した。時刻は10時すぎ。

 ぎ出すと急に風が冷たくなった。腰越沖ではみぞれがチクチクとほっぺたに当り始める。干潮でむき出しになった江ノ島南東の岩礁に、背中が真っ黒でおなかが白、寒いのか、くちばしを背中につっこんだ見慣れぬ鳥が2羽。カヌーが近づくと、朱色の長いくちばしを見せて飛び去った。ミヤコドリだった。

 の南西端には釣り師の数が少なく、鳥の姿が目立った。ウミウ、コサギ、カルガモ、ほかの海ガモ、カンムリカイツブリ、トビなど。(七里ガ浜沖にもカイツブリ5羽。)

 の島西岸に上陸して、参道を抜けて江島神社へ。Oさんが大吉のおみくじを引き当てた。「失せ物」のところは何て書いてあったのかしらん。由比ガ浜に帰着すると、浜のてすりにロックしておいたドーリーが消えていたのだ。

100_6875_r1  路、七里ガ浜~稲村ケ崎にかけてよく茂っていた海藻アカモクを、少し頂戴した。腹ペコだったから、帰ったらこれご飯にかけて食べようと、それを楽しみに漕ぐ。

 12:30、湖面のような坂ノ下海岸に帰着。家まで歩くほんの5分の間にグローブを脱いでたら、すっかり手がかじかんでしまった。フネの片付けを後回しにして、お風呂であったまってからアカモク料理に突入。

  れは季節といい、色といい、形といい、風味といい、「海のセリ」だった。早春のあのほろ苦い里の野草に匹敵する食材じゃないだろうか。

100_6880_2っとゆがいてから(鮮やかな緑色に変わる)たたいて、アカモク丼(生卵があいそうなのでまんなかに落とす)、おひたし(柔らかい先のほうを使う。鰹節と醤油をかける)、味噌汁、夜には天ぷらにもしてみた。一番のおすすめはおひたしです。残ったのを天日干しにした。ぬるぬるの成分フコイダンはガンの特効薬。

 日干しといえば、干したハバノリがとにかく美味だ。これも早く採りにいかなくちゃ。

 本近海には1400種もの海藻がある。昔は食べていたが忘れ去られたもの、その薬効が科学的に研究されはじめたもの、海藻にまつわる民俗など、調べたら面白そうだ。

 

 

 

  

 

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2008年2月 3日 (日)

「相模湾 海辺の環境学習フォーラム」(1)

104_6855  相模湾の何に魅力を感じ、何ができるのか・・・

 んな問いかけで冒頭の基調講演はしめくくられた。そーだ、何ができるのか、それを知りたくて出かけたのだった。

 週間遅れだが、1月27日(日)藤沢で開かれたフォーラムの報告を少々。

 ず、「相模湾の魅力について」と題する林公義氏(横須賀市自然・人文博物館館長)の基調講演を拝聴。結論として、より昔の海に戻すための海作りが必要とのこと。

104_6860  そのためには、藻場を守り(1度失われたアマモ場を復元するには10年かかる)、干潟を造成すること、海岸・海面・海底の清掃、森や魚つき林の育成、河川環境の維持、外来魚の駆除、水の浄化などが必要だ。

 た海難・災害救助、伝統文化の継承、都市の人たちとの交流、子供の環境教育、漁業体験や地産地消の推進、自然・歴史文化財・景観の保全など、海を活用すると同時に保全していきたい、というのが講演の要旨。

 いくつかの市民グループの活動内容が展示されていたが、林館長のお話をすでに実践しているグループがたくさんある。河川・海の水質を改善するため界面活性剤を使用しない石鹸作りをしている人たちや、山の手入れをしている小田原のグループ、子供たちの箱チャン舟やアウトリガーカヌー体験・漁師さんとの交流の盛んな大磯のグループ、それから私には全く未知の海藻研究グループのレジュメなどが印象に残った。

104_6864  基調講演のあとパネリストのお話とディスカッション。中でも私は内田正洋さんと大磯漁協の加藤孝さんのお話に聞き入るものがあった。それについては次回。

 (画像は本日昼すぎの鎌倉海岸です。海藻とりする人、雪だるまを作ってる人、沖合にできた200羽くらいのカモメの鳥山を見てる人などなどいました。帰宅後、雪かきに精を出しました。)

 

 

 

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2008年1月26日 (土)

『逝きし世の面影』のこと

 時代は1889(明治22)年にくだるが、英国駐日公使として赴任する夫に伴ったメアリ・フレイザーは、瀬戸内海を航行中、白帆の大群に取り囲まれたときのことをこう描き出している。「海は突如として、白いオウム貝の小艦隊のように見えるもので覆われた。いずれも張り出した帆をはためかせ、太陽を浴びて水を切りすすむ百のへさきが奏でる涼しい音楽を響かせながら、私たちのまわりに寄り集まってくる」千差万別のパタンをもつ日本の舟の帆が「独特の柔らかな輝きをたたえて風をはらむ姿は、青空を背景に銀の蜘蛛の巣を眺めるようだった」。  

『逝きし世の面影』(渡辺京二・平凡社ライブラリー)「第11章 風景とコスモス」より引用

 分の顔は自分の目で直接見ることはできない。だから私はこの本『逝きし世の面影』を支持している。幕末・明治期に日本を訪れた外国人が残した日本に関する某大な記録を読み、まとめ上げたものだ。「近代化によって滅んだ日本」を多角的に復元してみせたこの本を昨年読んだ時、ものすごい鉱脈にぶつかったような気がした。わくわくした。芋づる式に興味が広がった。

 者である渡辺京二氏に昨日、思いがけずお会いした。氏は『苦界浄土』の石牟礼道子さんと並んでにこにこされていた。朝日新聞1月25日付、夕刊第1面、『ニッポン人脈記 わが町で本を出す(1) 福岡はアフガンへの窓』のコラム中でのことだ。

 こには福岡の出版社・石風社の福元満治さんと、「ペシャワール会」の中村哲医師、そして作家・石牟礼道子さんと渡辺京二氏の気骨あふれる4人の縁について書かれていた。

 『苦界浄土』のもとになった連載をのせた雑誌、それは渡辺氏が発行していた雑誌『暗河』だった。以後、氏は水俣病追及の急先鋒だったのだ。

 が身の無知とともに、渡辺氏の衰えぬ探究心と反骨精神のルーツの一端を知る。彼の経歴を知って『逝きし世の面影』を読んでいたら、もっと深く感応できたかもしれないなあ。

 

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2008年1月24日 (木)

Pen & Paddle 原稿募集

 れわれはどこへ漕いでゆくのだろう・・・ 

 カヌー遊びは、そしてそれをとりまく社会・自然環境はどうなっていくのか。この原始的乗り物と、高度な技術文明はどこまで乖離していくのか・・・ 

 『宇宙船とカヌー』って本がありましたが、含蓄あるタイトルだって、今さら気づきました。人間の根源的欲求って、宇宙に行ける時代になっても、縄文の昔と変わらないんだ。

 の欲求の足跡を残そうと、また今年も原稿募集いたします。ご寄稿をお待ちしています!

Photo

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2008年1月20日 (日)

アカモクに注目

【漕ぎレポ】1月19日(土)晴れ、8℃、北北東風2~4m、波高0.5m、日出6:49、日入16:55、干潮7:58、満潮12:53、中潮。

コース:鎌倉由比ガ浜12:40~逗子大崎~由比ガ浜14:00

101_6818 坪漁港の前で、冬に茎を伸ばしはじめるアカモクが海面を覆っていた(左画像)。パドルにからみつくあのなが~い海藻だ。夏には濃い褐色になって枯れてしまうが、窒素など吸収して海を浄化し、魚たちのゆりかごともなる。砂地のアマモ、岩場のアカモク、というわけだ。

 れ、前に標本にしたことがある。その時は図鑑にもあまり利用価値など書かれてなかったような気がする。ところが今やたいへんな健康食品のようだ。

 めりに含まれるフコイダンが、コレステロールや高血圧を抑制し、抗がん、抗かいよう、抗菌などの効果もあり、サプリの原料にもなってるらしい。

 べ方は若い葉や茎(今の時期がやわらかい)を湯通ししてたたき、しょうゆやみそで味付けしてごはんにのせたり、酢の物、お吸い物、てんぷらにして食べる。山芋がわりにいろんなツナギとしても使用可。金田湾のは干して「三浦アカモク」の名で売られている。

 、ここまで書いたが、以上は帰宅後に知ったことなのでした。あ~、邪険にしないで、なぜ1本いただいてこなかったのかと、ヨダレをたらして悔しがってるlarusです。

 カモク林が魚のゆりかごであるのを実証するように、漁港の前で4羽の小さなカイツブリがずっとダイビング漁をしていた。材木座沖から逗子大崎にかけて、まあ水のきれいなこと。砂地の上のペパミントグリーンと岩場の上のブルーが美しい縞模様をおりなしていた。

101_6820 子大崎の西の岸壁の崩落がかなり進んでいる(右画像。狙撃洞窟の左側の白い部分)。居合わせた男性によると、最近、江 ノ島の西側も同じように崩れているという。

 の浜から結城食堂に行くみなさま、落石にご注意くださいね。 

 

 

 

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2008年1月12日 (土)

寒中、小網代ヘ

【漕ぎレポ】1月12日(土)小雨、9℃、北北東4m、波高1.5m、日出6:51、日入16:48、干潮13:22、満潮7:42、中潮。

コース:小網代湾・横堀海岸8:50~白髭神社(上陸)~小網代の森(上陸、東電道まで)~横堀海岸11:00。

 倉の新人カヤッカーOさんを誘って、わが懐かしきふるさとの小網代湾へ。なんでこんな天気の日にか?ってゆーと。Oさんはめったに休みがとれない。でも装備がやっと全部そろった、サーフィンやってるから雨中の出撃、全然OKだとおっしゃる。となったら、行くぞ~って言わなきゃ、女がすたるってもんだ。

101_6804_2   の突撃魂にこたえて現れたのがスズガモちゃんたち(左画像)。初めて小網代湾でスズガモを見ました。奥で造成が進み、すっかり様子の変わったガンダ入江の前あたりに10羽。のんびり浮遊していて、至近距離まで近づかせてくれた。ほかのカヤックも、ヨットも、釣り師の姿もない静かな湾内だったからかな。ほかにカルガモ10±。

 髭神社でことし1年の海上安全を祈願。いつものようにカンカン石をたたき、御守りと大木めおとイチョウの銀杏を買い、お賽銭もはずんだ。

 で湾の最奥、石橋をくぐり浦ノ川(右下画像)を遡上すると、小さな落ち込みになっている岩盤から101_6790_2キセキレイが高木の枝に飛び立った。隣りの枝にも逆光でよく分らないが小鳥たち。

 潟に上陸して、ジャヤナギの湿地からトトロのトンネルを抜け、鉄板道まで歩く。ツグミ(キュキュキュ)、シロハラ(ピピョピピョ)、アオジ(ジッジッ)のさえずりが聞こえた。小雨だと鳥たちの活動が活発になるような気がする。

 オサギがよく集まっている高木照葉樹に、珍しくウミウが3羽ほどとまっていた。湾中央の生簀の枠にも、アオサギ、チュウサギ、カラスと一緒にウミウ(左下画像)。3~4年前にここでよく見ていたウミウの行動とはちょっと違う。その頃はウミウが生簀にとまらないのはなぜだろうと不思議に思っていた。

  ょっとしたら、今日見たのはカワウかもしれない。最近、カワウが増えて、海にもどっと繰り出しているのだ。ウミウとカワウの判別は黄色いくちばしのつけねの形で見分けるが、遠目にはよく分らない。

 日は天気のせいか、全般に鳥たちの警戒心が弱いように感じた。寒いからエネルギー使わないようにしてるのかしらん。

101_6805   口から寄せ波がとっぷんとっぷん来る中、無事、横堀海岸に帰着。Oさんも水もしたたたるイイ男にならず上陸。海の家の軒先を借りて、あったかい軽食をとるうち、北の空の雲が切れて、丹沢がうっすら見えてきた。と、沖では小ウサギが跳ねはじめた。未練なく撤収。

 寒足熱。本日は最高の露天風呂びよりでした。そしてびっくりする賑わい。観潮荘の海洋深層水風呂から小網代湾を眺めていると、隣りに三浦・露天風呂評論家のおばさまがやってきました。

 ヶ島京急ホテル、観音崎京急ホテル、マホロバ・マインズのお風呂と比べると、観潮荘の露天風呂が広く湯量があって温かいから一番とのこと。入浴料1000円のところ、500円の割引料金で入ってるんだそう。廃止された荒井浜~城ヶ島の観光船も、お客さんが減ってどんどん値上げしたからますます乗らなくなったのよ、とのことでした。

101_6793   ヌーは道具さえ揃えばお金のかからない遊びだ。昔はあちこち行ってもお土産をほとんど買わなかった。最近はその土地で遊ばせてもらったお礼に、わずかだがお金を使ってくるようにしている。

 日も観潮荘の土産物店で自然食品、ショウガ風味のマグロの角煮を買う。だけど、これラベル見たら、鎌倉市材木座大森商店の販売品だったんですよね。偽装してほしいような、してほしくないような・・・

 

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2008年1月11日 (金)

大磯のハコブネ

 磯町郷土資料館に「三間っこ(みまっこ)」という木造和船があるらしい。資料館に電話してみると、それはないがハコチャンブネならありますと、ちょっと照れた感じの返事。

 コチャンブネ・・・ どんなんだろう? 1月6日、小田原に行ったついでに見てくることにした。

100_6752  れは小網代湾のアカテガニも真っ青の(青くはなんないか)、まっかっかに塗られて資料館の一番奥に鎮座していた(左画像)。普通の漁船をまっぷたつに切ったような形だ。ミヨシ(船首)と船底がまっ平だからハコブネ。

 明パネルによれば、1~2人乗りで、小釣り、はえ縄、刺し網、ワカメ、見突き、素潜り漁に使用された。小回りと安定性を求めて、こんな形をしている。内湾で海苔の養殖などに使ったあの笹の葉のような優美な形のベカ舟と比べたら、ハコチャンはいかにも海で使った無骨な小舟といった感じだ。用途のちがいを歴然と反映している。

100_6739  モテに「見習いっ子」が乗らない時には、ひっくり返りやすいので、重しの石を載せたようだ。

 コブネのほかには大きな祭り船と、30~50㎝の模型の船が展示されていた。「三間船」「機械船(電気チャカ)」「地曳船」「ハコブネ」の白木の模型だ。塗装されてなくて美しい(右画像)。

 「三間船」はオモテ、ドウノマ、トモの3パーツから成り、「みまっこう」とか「オモシロ丸」とも呼ばれた。2~3人乗りで、キス漁の船として「もっとも漁のある船」だった(左下画像)。

 磯では昭和の初めまでブリ漁が盛んだった。100人の乗子が9艘の船に分乗して繰り出したこともあったそうだ。マグロ・カツオ漁も行われていた。今、漁に出る船は多くが遊魚船となってしまった。

100_6738  ころで、油壺・荒井浜~城ヶ島の遊覧船が、客不足と維持費の高騰で昨年12月で姿を消した。このニュースを教えられた翌日、東京江東区の「和船友の会」の会長さんからこんな年賀状をいただいた。

 「初漕ぎに明けて、漕ぎ納めに終わった一年でした。毎週一回の乗船者だけでも、年間4千名を越える盛況ぶりでした。また撮影・取材だけでも、3月にNHKの「水の三都物語」、テレビ朝日の「やじうまプラス」、4月に「小説現代」の「山本一力・深川を歩く」、(中略)、9月から松竹の「カムイ外伝」出演者に櫓漕ぎ指導を12月までにのべ101名と、10月に「大人の休日」の「鬼平と歩く隅田川下町散歩」、(中略)、とお蔭様で、病気にも見放され、健やかに一年を過すことができました。」

 の明暗。復元和船を三浦の観光の目玉にもできないものでしょうか。 

(画像掲載については大磯町郷土資料館に許可申請しました。)

  

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2008年1月10日 (木)

寄木細工は楽し

100_6719100_6721机の上には、完成品の定規と、パズルのピースのような種板がたくさん用意されていた。各自、好きな柄に並べていく。仮置きしてから、別の板にボンドを少しずつ塗って貼りつける。

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両端のはみでた種板を職人さんに専用の薄いノコで切り落としてもらったら、サンドペーパーをかける。

100_6729100_6727ワックスで磨いて完成。お向かいの女性が作っていたのは、手毬が並んだようなとても可愛い柄だった。

 月6日、「小田原宿なりわい交流館」で簡単な箱根寄木細工を体験した。

 さ5ミリほどの正三角形とひし形の種板がたくさん用意されていて、それを好きに組み合わせて定規を作った。

 然の色合いと木肌を生かして柄を作るなんて、繊細かつ器用な人がいたものだ。考案したのは江戸時代末期、箱根町畑宿に暮らしていた石川仁兵衛さん。

 でもあまり機械を使わないらしいが、どのピースもきっちり同じサイズにカットされていて、どう組み合わせても隙間なくピチッと並ぶ。

 は時間があまりなかったので、大きなひし形を使って簡単な柄にした。1時間で完成。でも帰宅後、画像をよく見てみると、最初に撮った完成品の中に、ほとんど同じ柄のがあってガッカリ。これじゃONLY ONEじゃないじゃん。またいつか、別のを作りにいこう。

 どもも含めて15人くらいの人たちが来ていた。アットランダムに並べてオシマイのおじさんもいれば、私の向かいの女性のように1時間以上粘って柄を決めている人もいた。「子どものほうが斬新で面白いわね。私のはつまんなかった」と言ってるおばさまも。

 が決まったら、それを別の板に移しかえる。この時、板の裏を濡れタオルでふいておく。表側がボンドを塗るので少し膨張するのだ。だけど、並べる種板もボンドでほんの少しずつふくらんでいき、図柄がはみ出てしまった。両端が左右対称になってない。

 「これ、キットにして商品化してください。売れますよ」なーんて、交流館の人に言ってしまった楽しい寄木細工体験でした。

 て、小田原から急ぎ足で向った先は大磯町立資料館。お目当ては「ハコチャンぶね」です。いったいどんな舟だったかと言うと・・・それは次回に。

 

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2008年1月 8日 (火)

相模湾フォーラムに行こう!

 模湾の海辺ではいろんな市民グループが活動しています。

 「さがみ湾文化ネットワーク構想」とやらを策定した神奈川県の肝いりで、そうしたグループのネットワークを作ろうじゃないか、ということになり、下記のフォーラムが行われます。

 イトルに「環境学習」なんてついていますが、要するに海好き人間大集合で(内田正洋さんもパネリストのひとり)、けっこう面白いんじゃないでしょうか。

 だ参加申込みを受け付けています(定員150名)。

          記

相模湾海辺の環境学習フォーラム 

 ~ネットワークによる魅力づくり

日時:1月27日(日) 13:30~16:30

場所:藤沢産業センター6F 研修室

    (藤沢市藤沢109-6 湘南NDビル

     JR藤沢駅北口徒歩5分)

内容:基調講演「相模湾の魅力について」

      林  公義氏(横須賀市自然・人文博物館館長)

    パネルディスカッション「ネットワークによる魅力づくり」

      石川 真紀氏(ほのぼのビーチ茅ヶ崎)

      内田 正洋氏(海洋ジャーナリスト)

      海野 義明氏(NPO法人オーシャンファミリー

               海洋自然体験センター)

      加藤 孝氏(大磯町漁業協同組合)

      山口 明宏氏(大磯港みなとまちづくり協議会)

その他:市民団体によるパネル展示

参加申込み・問合せ:神奈川県企画部政策課

             TEL 045-210-3056

主催: 神奈川県

     相模湾海辺の環境学習フォーラム企画運営会議

     

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2008年1月 5日 (土)

シーカヤックってなんだ?

【漕ぎレポ】1月4日(金)晴れ、12℃、南南東~南西~南東風1~2m、波高0.5m、日出6:51、日入16:41、干潮7:47、満潮12:51、若潮。

コース:横浜野島キャンプ場10:30~野島水路~海の公園~八景島1周~野島・海苔養殖場~平潟湾~野島キャンプ場13:30。

100_6658  と東京ファルトボートクラブOGの3人でツーリング。カロゴンの屋根に3艇積んだら、ファッションレールがもげそうで、久々にファルトのかわせみ丸の出番となる。

  島水路にやってくるとホンダカヌースクールの人たちがレーシング艇で本田先生の特訓を受けていた。レース上位常連のTさんの姿も。松戸杯リザルト、楽しみにしてますよ!

 日はスズガモ(今年は東京湾北部で少なく、湾南部にたくさん飛来してるらしい。多い日には野島に1,000羽来るそう)にはあまりお目にかからず、ヒドリガモとユリカモメが目立った。ピューッ、ピューッっと口笛を鳴らすようによく鳴いてるのはヒドリガモのオス。メスはガーガーとしか鳴かない。すでにカップリングが始まっていて、導流堤でお見合いしてるのがいた(左上画像)。少し離れたところで3人の男の子たちがカレイを釣りに来ていた。

 「あれはマイクがついてるんじゃない?」Fさんそうが言うほど、八景島のいろんな絶叫マシーンから発生する音声が、かなたに富士のてっぺんをのぞむ八景の新春の海に響きわたっていた。100_6669_3

  漁港に立ち寄る(右画像)。現役バリバリって感じの小型漁船がずらり。40隻は繋留されてただろうか。ここはシャコ、アナゴ、マコガレイ漁がさかんな活気あふれる漁港。「柴のシャコ」を1度食べてみたい。

  苔養殖場前で上陸して伊藤博文別荘跡へ。Tさんが突然「あそこ、野鳥バーベキューだって!」ムムッとその視線の先にある看板を見ると「野島バーベキュー」で、大笑い。

   景島一周は東京湾の潮汐に合わせて回るとラクだ。上げ潮の時間帯は反時計周り、下げ潮の時は時計周りに。遊覧船と漁船もよく出入りしているので曳き波が立つ。東京湾はとても穏やかだったが、対岸、房総半島の稜線は残念ながらかすんでいた。

100_6698_2  ャンプ場に戻って、艇の潮抜き。それから楽しみにしていたFさんの山椒鍋のはじまりはじまり。最後のお雑炊がそれは美味。そのうち日も傾いて冷えてくるから、ホットワインにジンジャー・ティーなどなど間断なく摂取。胃の中で舟が漕げるんじゃないかってほど、おなかたっぽんたっぽんになった。そばで古武道の稽古だろうか、男性が棒をふりまわしたり、トンボをきったり、櫂を漕いだりのパフォーマンス。

 て、タイトルの「シーカヤックってなんだ?」ですが、本田先生の近況を伺っていたら、「シーカヤックなんてやっててもしょうがないって、うちに(レーシング習いに)くる人が増えた」とおっしゃった。ちょっと考えてしまった。

 近はトライアスロンやオープン・ウォーター・スウィミングなども人気のようだ。競技はやることや目標が初めからハッキリしているからだろう。

 ーカヤックはその点、まったく不明瞭だ。なんとか漕げるようになってあちこちのフィールドに行けば、特にしたいことがないかぎり、数年で飽きちゃうのではないだろうか。旅とか釣りとか素潜りとか、船作りとか、仲間作りとか、ほかの楽しみやテーマがなければ、数年でやめちゃう。一時の軽い気晴らし、ってのもモチロンあって当然ですけど。

100_6696_3  にとってはシーカヤックは海の自転車にすぎない。この道具でどう遊ぶか、何をするかのは、ひとりひとりが自分で自由に創造すべきだ。それがどんなに小さなことであろうと。

 ころで、三度目の正直。この日、ついに一発で野島を脱出したのでした。 

 

 

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2008年1月 3日 (木)

初漕ぎ・江ノ島詣で

【漕ぎレポ】1月2日(水)、晴れ時々曇り、11℃、北~南風2m、波高1~0.5m、日出6:50、日入16:40、干潮4:38、満潮10:52、小潮。

コース:鎌倉坂ノ下海岸12:20~江ノ島(13:40着、14:40発)~鎌倉材木座~坂ノ下16:00 航行約16㎞。

 戸神社と江島神社のどっちに行くかは、東の空一面を覆う灰色のカーテンが決めてくれた。明るい西へバウを向けることにする。稲村ケ崎を越えると絶景が広がっていた。

100_6618  手、北の方角には高尾山くらいまで見えていたのではないだろうか。丹沢の峰々と雪化粧した富士。その手前にかさなる三重の山なみ。さらに外輪山の金時山、箱根駒ケ岳から天城山脈、そして大島まで、180度首を回して何度も稜線を北から南へ、南から北へとたどった。

 やかな海面は青空を映し、相模湾は青い大気でみちみちている。今日は絶好の相模湾横断びよりだったにちがいない。

 は日本一周している外国人カヤッカーで初めてこのパノラマを見ている、と仮想してみる。ゼッタイOh, my God!とパドリングの手を止めるだろーな。見慣れた風景に初心で向き合おうと努めると、これがけっこう効果あるのです。

 きそこないのケーキにワイルドに生クリームを塗りつけたような富士山。うーん、モンブランがあるなら、モンフジもいけるんじゃないですか、パティシエの皆さん。

 里ガ浜沖では2箇所でサーファーたちが波待ちしている。そこを越えると江ノ島まではヨットも漁船もいない。パノラマ山稜を眺めながら海を独占。

 つものように江ノ島を時計周りにして島の西岸に上陸した。小さな砂浜はお正月のためにきれいに清掃されている。

 丁から参道に出て、江島神社にお参りしていくことにするが、参拝客で階段は渋滞。100_6631_r2 まったく動かなくなったので、その場でことしの誓願を念じてから、遊歩道に引き返し、島をぶらぶら歩いてひとめぐりした。

 産物屋さんや、その一角にある「世界の貝の博物館」やら、「江の島ふぉとみゅうじあむ」などなど、まったく時代の波に乗っていなくて愉快。貝の博物館ではモース(大森貝塚の発見者)が江ノ島で採集していたシャミセンガイが「モースの」と銘うって売られていた。でも福岡産。たぶん相模湾では絶滅したんだろう。

 「一遍上人の島井戸」の前で、説明書に「遊行寺」の文字をみつけて足をとめる。子供のころお墓参りにいくおばあちゃんに連れられてよく行ったお寺だ。ここ藤沢は遊行寺の門前町として栄えた。寺の宗祖、一遍上人は法然の孫弟子で時宗の開祖だが、諸国で遊行(布教)し、ここ江ノ島では島民のために井戸を掘り当てたのだそうだ。

 ムエル・コッキング苑(江ノ島植物園)前で、大道芸人のジャグリングのまわりに人垣ができていた。なんてことないジャグリングだが、人垣がさらに人を呼ぶ。

100_6637  菓子店・中村屋さんでお土産に女夫饅頭を買い、葛湯と持ってきたミカンで復路の漕ぎにそなえる。陸からわざわざ観光地江ノ島に遊びに行こうとは思わないが、手漕ぎの舟で海から行くと、原始人?の目と頭になってるせいか、すべてが新鮮で面白い。そうそう、私は縄文人であり、丸木舟で江ノ島にやってきた、と仮想して島見物するとよいでしょう。

  14:40、縄文人larusは初詣客でにぎわう島を離れた。往路は鳥がさっぱりで、アビもウミスズメもいなかった。帰路には江ノ島大橋をくぐってすぐ、スズガモが1羽(右下画像)。あのおっかない目で私を見ると、あたふたと飛び立った。そして七里ケ浜高校前あたりから稲村ケ崎手前まで、ずうっと1羽のハジロカイツブリ?がダイビングしながら泳いでいた。1度潜ると、数十メートル先の海面に顔をだす。ウもあちこちで潜水。材木座上空を25羽ほどのユリカモメが舞って、やがて逗子マリーナ前に降りた。

 日は初漕ぎだが、しっかり初沈、初泳ぎの儀式もすませた。漕ぎもどった坂ノ下海岸はす100_6647っかり凪いでいたので油断する。上陸時にサーフにひっくり返された。江島神社のお賽銭をケチッて10円にしたのもよくなかった、ような気がする。ウェアは厚手のラッシュガードと雨合羽のジャケットを着ていたが、冷たいってことはない。今、海水温は16℃くらいだろう。波乗りのお稽古ももっとしないと。

 宅後、モースの日誌『日本その日その日』(東洋文庫、平凡社)を開いて、江ノ島の実験所のことを記したあたりをぱらぱら読む。

 「(東京からの)この人力車の旅は、非常に絵画的であった。富士山の魅力に富んだ景色がしばしば見られた。かくもすべての上にそそり立つ富士は、確かに驚くべき山岳である。」

 いでに。この本は19世紀末の日本人と、その暮らしぶりや風物を、巧みなスケッチを交えて綴ったもの。一番最初に載っているスケッチは、サンフランシスコから船で横浜に到着後、乗ったはしけの櫓だ。

 「この舟というのは、細長い、不細工な代物で、フンドシだけを身につけた三人の日本人―小さな、背の低い人たちだが、恐ろしく強く、重いトランクその他の荷物を赤裸の背中にのせて、やすやすと小舟に下ろした―が、その側面から櫓をあやつるのであった。我々を海岸まではこぶ2マイルを彼らはものすごいほどの元気で漕いだ。そして、彼らは実に不思議なうなり声を立てた。お互いに調子をそろえて、ヘイ、ヘイチャ、ヘイ、ヘイチャと・・・」 

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2008年1月 1日 (火)

めでたさ

102_6588 月、弟子から「おめでとうございます」と挨拶された澤木興道老師は、「何がめでたい。何がめでたい」と詰め寄った。

 和13年に刊行された澤木興道老師の『禅談』(大法輪閣・刊)は生き生きと語りかけ、今もってまったく古びていない。文明や科学が進歩しても、人はまったく進歩していないということだ。そして心の救済がますます火急となっているように感じられる。凡夫の私は、どこを読んでも絶句した。

 「人間はただ放っておけば一匹の動物で、色気と食い気だけで、あとはゼロである。それから金が欲しい、家が欲しい、玩具が欲しいと言う。この玩具が成人するにつれて念が入る。初めは母の乳房でよかったが、キャラメル、鞠、写真機、自転車、だんだん年寄ると骨董品を欲しがったり、掛け物を欲しがったり、それで最後は棺桶である。」

 ヌーも玩具の最たるもの・・・102_6595

 所の長谷寺に初詣した。ここは奈良時代の開創と伝わる古刹で、坂東三十三所観音霊場の第四番札所。本尊の十一面観音菩薩像は9mをこえる木彫仏だ。

 めて小さな宝物館に入ってみて、びっくり。特に2階に展示されている観音三十三応現身像(室町時代の作)が壮観で、仏師の技と念にゾゾッとした。観音菩薩は天上・地獄・餓鬼・畜生の四界にいる人間すべてを救うため、仏身や梵天身に始まり、阿修羅身や毘沙門身など三十三の姿に変現したのだそうだ。中世のどんな仏師たちが、何を思いながら彫ったのだろう。

102_6607  内では早春の花、ロウバイがもう開花し、その隣りでは十月桜がまだちらほら咲き残っていた。展望台から望む由比ガ浜はまばゆく輝いている。そのかなたに大島が見えるので、富士山も拝んでいこうと稲村ケ崎まで足を伸ばす。山頂には厚い雲がかかり、七里ガ浜沖には兎とサーファーたちが繰り出していた。

 としは原仏教について、それから鎌倉時代に展開した新仏教について、当地の利を生かして、いろいろ知りたいと思っている。

 さま、本年もよろしくお願いいたします。ゴ~~~~ン。

 

  

  

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2007年12月27日 (木)

ストップ六ヶ所~署名集めています

 11月5日、「六ヶ所再処理工場の本格稼動の中止を求める署名」92,387筆が「三陸の海を放射能から守る岩手の会」ほかの代表者の皆さんによって、参議院議員会館にて議員の立会いのもと、総理大臣・経済産業大臣あてに提出されました。

 の運動には、岩手県花巻の女性カヤッカーSadaさんが精力的に取り組んでいます。同人誌Pen & Paddle 2007年版にも「海からのメッセージ」と題して関連の記事を寄稿してくださいました。

 ヶ所問題は電力会社や大手電気メーカーの圧力により、メディアではあまり取り上げられていません。しかし、放射能汚染のおそれがある本格稼動は中止するのが当然のことではないでしょうか。詳しくは次の「三陸の海を放射能から守る岩手の会」HPをご覧ください。

http://homepage3.nifty.com/gatayann/env.htm

 き続き反対の署名を集めています。上記HPから署名用紙をダウンロードすることもできますが、アメリカ・カリフォルニア州のサーファーによる環境保全団体Surfrider Foundationでも、世界中からの署名をとりまとめています。この団体の以下のHP上だと、ネットで直接、署名を送信できます。右コラムの赤い米印の欄に記入するだけでOKです。

http://actionnetwork.org/campaign/rokkasho_waste

Surfrider Foundation の日本支部のHPは以下の通り。

http://www.surfrider.jp/

 次署名には全国の多くのサーファーが協力しています。

 2次署名の締切りは1月10日です。もし東北の海が放射能汚染されれば、東北の魚介類をはじめ、人間も、そこで繁殖し関東に渡ってくるウミネコやウミウもウミスズメも、多くの生き物がダメージをこうむるでしょう。ぜひ署名にご協力ください。

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